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その時、視界の左側に、人影が現れた。
ちらりと目を向けると、波打ち際をもう一組の男女のカップルが歩いてくるのが見えた。
二人は手を繋ぎ、ゆったりとしたペースで砂浜を進み、俺達の手前で足を止めた。
男は女の子の肩をそっと抱き、女の子は男の腰にそっと手を回し、寄り添いながら黙って海を眺めている。
しっとりと落ち着いた空気だ。こっちのカップルは、きっと長く付き合っている二人なんだろう。
オレはてっちゃんの方を振り返った。
てっちゃんも、左側の落ち着いたカップルの様子を見ていたみたいだ。ちらっとオレを見て、それから苦笑いして、水平線に視線を向けた。
てっちゃんの横顔を見つめながら、オレはしばらく頭を悩ませていた。
両隣のカップルは、すっかり自分たちの世界に入り込んでる。
オレ達も闇夜に紛れて、ちょっとくらい恋人らしい素振りしたっていいんじゃないか――ふと、そう思った。
そして思い切って、オレはてっちゃんの手を握った。
体の影で周りから隠すようにして指を絡めると、てっちゃんはぱっとその手に視線を向け、それから困惑した表情でオレを見た。
「てっちゃん、知ってる?」
「は?」
「バングラディシュでは、仲の良い男同士で手を繋いだり、腕組んで歩くのは普通の事らしいよ!」
「は、はあ」
「だからさ、こんぐらいのことは、どうってことないってことで……ね?」
オレは咄嗟にどこかで聞きかじった話を並べて、てっちゃんを言いくるめようとした。「ここは日本だ、ばか」と言われたらそれまでの話なんだけど。
てっちゃんはポカンと口を開けて、目をぱちくりしていたけれど、
「……そっか。バングラディシュなら、常識だよな」
と弾けるように笑って、手を握り返してくれた。
どうやら、ここはバングラディシュだということにしておいてくれるらしい。
てっちゃんの手のひらに、じわりと汗が滲みだす。
緊張してるんだろうか。また強引なことしちゃったなと、少し罪悪感が湧く。
だけど、てっちゃんとこうして触れ合っていることや、精一杯オレに寄り添おうとしてくれる、その気持ちが嬉しい。
そのまましばらく手を繋いで、ぬくもりを感じながら、夜の海を眺めた。
この関係が、友情が、愛がずっと続きますように。
そう願うような気持ちで、オレは手に力を込めた。
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