*第十一話:残暑の渓谷【side Tetsu】

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「この辺、人通りが少ないな」 「うん。でもてっちゃん、こういう静かな場所って好きでしょ?」 「よくわかってんじゃん」 「てっちゃんのことなら、なんでもお見通しだよん」  川沿いに立ち並ぶ建物の中に、店の看板が見えた。  小さな店だけど、バイクを停めるスペースはありそうだ。ウィンカーを出して、敷地に入った。  その店はこぢんまりとしたカフェ兼軽食屋で、古民家を改築したような雰囲気の佇まいだった。  暖簾をくぐる。  窓際の席に着くと、すぐに若い女の店員さんがお冷を持ってきてくれた。 「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」 「俺、このサンドイッチのセットで」  俺はメニューの一番上に載っていた、サンドイッチと紅茶のセットを指差した。  アオバもすぐさま、同じところを指差してくる。 「じゃ、オレも同じのでお願いします」  テーブルに置いたメニューの上で、俺とアオバの指先がちょんと触れた。  店員さんが会釈をし、パントリーに引っ込むのを見送って、俺はグラスに口を付けた。  水分が疲れた体に染み渡っていく。半分ほど飲んで、俺は唇を拭った。 「今日さ、奥多摩湖の方、混んでるかな?」 「さあ……天気もいいし、土日はそれなりに、人がいるんじゃない?」  アオバはグラスを傾けながら、窓の外に顔を向けた。  川沿いに建てられた店の窓からは、涼しい風と水のせせらぐ音が、絶え間なく流れてくる。 「あっ、あれ見て」 「何?」 「カヤックだよ」  俺も身を乗り出して、窓の外を見る。  眼下の川までは、そこそこ高さがあった。アオバが指差した先にぽつんと、一人乗りの小さな舟が浮かんでいる。あれがカヤックというのか。  カヤックに乗っている男は、水掻きの付いた棒を動かし、軽快に川の流れの中を進んでいく。 「ハローゥ!」  アオバが窓の外に向かって、ぶんぶんと楽しげに手を振る。 「いやいや、絶対気付くワケないって」  俺は苦笑いしながらその様子を見ていた。  すると、カヤックに乗っている男が、こちらを見上げた。そしてヘルメットとゴーグルの下でニッコリと笑顔を作って、手を大きく振り返してくる。 「ほらほら、気付いてくれたっぽい」 「えっ、マジ?」  アオバが声を弾ませながら、俺の腕をつつく。  俺もなんだか嬉しくなってきて、半笑いで、窓の外に向かって小さく手を振った。
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