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「この辺、人通りが少ないな」
「うん。でもてっちゃん、こういう静かな場所って好きでしょ?」
「よくわかってんじゃん」
「てっちゃんのことなら、なんでもお見通しだよん」
川沿いに立ち並ぶ建物の中に、店の看板が見えた。
小さな店だけど、バイクを停めるスペースはありそうだ。ウィンカーを出して、敷地に入った。
その店はこぢんまりとしたカフェ兼軽食屋で、古民家を改築したような雰囲気の佇まいだった。
暖簾をくぐる。
窓際の席に着くと、すぐに若い女の店員さんがお冷を持ってきてくれた。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
「俺、このサンドイッチのセットで」
俺はメニューの一番上に載っていた、サンドイッチと紅茶のセットを指差した。
アオバもすぐさま、同じところを指差してくる。
「じゃ、オレも同じのでお願いします」
テーブルに置いたメニューの上で、俺とアオバの指先がちょんと触れた。
店員さんが会釈をし、パントリーに引っ込むのを見送って、俺はグラスに口を付けた。
水分が疲れた体に染み渡っていく。半分ほど飲んで、俺は唇を拭った。
「今日さ、奥多摩湖の方、混んでるかな?」
「さあ……天気もいいし、土日はそれなりに、人がいるんじゃない?」
アオバはグラスを傾けながら、窓の外に顔を向けた。
川沿いに建てられた店の窓からは、涼しい風と水のせせらぐ音が、絶え間なく流れてくる。
「あっ、あれ見て」
「何?」
「カヤックだよ」
俺も身を乗り出して、窓の外を見る。
眼下の川までは、そこそこ高さがあった。アオバが指差した先にぽつんと、一人乗りの小さな舟が浮かんでいる。あれがカヤックというのか。
カヤックに乗っている男は、水掻きの付いた棒を動かし、軽快に川の流れの中を進んでいく。
「ハローゥ!」
アオバが窓の外に向かって、ぶんぶんと楽しげに手を振る。
「いやいや、絶対気付くワケないって」
俺は苦笑いしながらその様子を見ていた。
すると、カヤックに乗っている男が、こちらを見上げた。そしてヘルメットとゴーグルの下でニッコリと笑顔を作って、手を大きく振り返してくる。
「ほらほら、気付いてくれたっぽい」
「えっ、マジ?」
アオバが声を弾ませながら、俺の腕をつつく。
俺もなんだか嬉しくなってきて、半笑いで、窓の外に向かって小さく手を振った。
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