*第十一話:残暑の渓谷【side Tetsu】

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 * * *  木々と山の岩肌に囲まれた渓谷は、緑の香りに包まれている。  水は澄み切っていて、川底の石がよく見える。その流れに足を付けた瞬間、痺れるような冷たさが足の先から脳天まで這い上がった。 「冷たー……」  思わず呟いて、空を見上げる。  生い茂る木の葉の隙間から見える、太陽が眩しい。頬を汗が伝った。  まだまだ残暑は厳しいけれど、夏休みシーズンもとうに過ぎたせいか、周囲に人影は少ない。遠くの方に、一組の家族連れがいるだけだ。  ジーンズの裾を捲し上げた足で、飛沫を上げながら、アオバが近づいてくる。 「上流の方は、さすがに水がキレイだね」 「うん。でも冷てえー。足が凍りそう」  アオバがふざけて、足先で水をかけてくる。  それを避けるように、ピョンと近くの岩の上に飛び乗ると、足の裏が、太陽光を吸った黒い岩肌にジュッと焼かれた。 「あっちい!」 「アハハ」 「冷たいし、熱いし、何なのコレ!」  もう一度川の中に足をつけて、ふうっと溜息をつく。  アオバはケラケラと笑って、弧を書くように足で水の流れを切った。 「オレ、水遊びって好きだなあ。実家が海の近くなんだけど――」 「千葉だっけ?」 「うん、そう。外房(そとぼう)の方。子供の頃は、兄貴達と海岸でよく遊んだんだ」  東京23区のコンクリートジャングルに住んでいると、こんなに水の澄み切った綺麗な川は、まず見ることが出来ない。  俺もなんだか、故郷の長野県の田舎町の風景を思い出していた。 「俺も子供の頃は、妹と二人で、よく川に遊びに行ったよ」 「へえ」 「思い出すなあ。岩の影で、こんな大きなカジカが捕れてさ――」  手振りでカジカの大きさを示しながら、その時の事を思い出し、苦笑いする。 「妹に見せようと思って、振り返ったら足を滑らせて、全身、川の中にドボン!」 「うわっ。怪我しなかった?」 「したした。立ち上がったら、岩で膝がパックリ切れてて、サーッと血が流れてさ。妹がそれ見て大泣きして、俺もビックリして泣いて、泣きながら二人で手ェ繋いで帰ったんだ。――見て、これがその時の傷」
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