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木々と山の岩肌に囲まれた渓谷は、緑の香りに包まれている。
水は澄み切っていて、川底の石がよく見える。その流れに足を付けた瞬間、痺れるような冷たさが足の先から脳天まで這い上がった。
「冷たー……」
思わず呟いて、空を見上げる。
生い茂る木の葉の隙間から見える、太陽が眩しい。頬を汗が伝った。
まだまだ残暑は厳しいけれど、夏休みシーズンもとうに過ぎたせいか、周囲に人影は少ない。遠くの方に、一組の家族連れがいるだけだ。
ジーンズの裾を捲し上げた足で、飛沫を上げながら、アオバが近づいてくる。
「上流の方は、さすがに水がキレイだね」
「うん。でも冷てえー。足が凍りそう」
アオバがふざけて、足先で水をかけてくる。
それを避けるように、ピョンと近くの岩の上に飛び乗ると、足の裏が、太陽光を吸った黒い岩肌にジュッと焼かれた。
「あっちい!」
「アハハ」
「冷たいし、熱いし、何なのコレ!」
もう一度川の中に足をつけて、ふうっと溜息をつく。
アオバはケラケラと笑って、弧を書くように足で水の流れを切った。
「オレ、水遊びって好きだなあ。実家が海の近くなんだけど――」
「千葉だっけ?」
「うん、そう。外房の方。子供の頃は、兄貴達と海岸でよく遊んだんだ」
東京23区のコンクリートジャングルに住んでいると、こんなに水の澄み切った綺麗な川は、まず見ることが出来ない。
俺もなんだか、故郷の長野県の田舎町の風景を思い出していた。
「俺も子供の頃は、妹と二人で、よく川に遊びに行ったよ」
「へえ」
「思い出すなあ。岩の影で、こんな大きなカジカが捕れてさ――」
手振りでカジカの大きさを示しながら、その時の事を思い出し、苦笑いする。
「妹に見せようと思って、振り返ったら足を滑らせて、全身、川の中にドボン!」
「うわっ。怪我しなかった?」
「したした。立ち上がったら、岩で膝がパックリ切れてて、サーッと血が流れてさ。妹がそれ見て大泣きして、俺もビックリして泣いて、泣きながら二人で手ェ繋いで帰ったんだ。――見て、これがその時の傷」
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