*第十一話:残暑の渓谷【side Tetsu】

10/13

483人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
 俺はザブザブと足で水をかき分けた。  流れに押されて転ばないように、川の中の小石を指でぐっと踏みしめる。  アオバの側まで追いつくと、その手首を掴んで、すぐ側にある、自分たちの背丈以上もある大きな岩の陰まで歩いていった。  そして川の流れにに足を浸けたまま、俺はアオバを岩に押し付けて、噛み付くようにキスをした。  灰色の岩肌は日陰になっていて、手を着くとひんやりと冷たい。  アオバは突然のことに、戸惑ったみたいだ。 「……てっちゃん」  たしなめるように小声で言って、肩を撫でてくる。  それに構わず、俺はアオバの唇をこじ開けて、舌を探った。アオバは少しもがいたけど、岩肌に身体をぐっと押さえつけて唇の角度を深くすると、すぐに大人しくなった。  絡み合った熱い舌をほどいて、肩で息をした。唾液の糸が、唇と唇の間をツーっと伝い落ちる。  そこまでしてから、ようやく周囲をキョロキョロと見渡した。  木々に囲まれた、だいぶ奥まった場所までやってきていた。  俺達以外に、人影は無い。風と川のせせらぎと鳥のさえずりが聞こえてくる以外に、気配もない。  アオバは再び、たしなめるように俺の腕や肩を擦った。 「てっちゃん、いいんだよ」 「……何が」 「気ィ使ってくれてんだろ。オレは大丈夫だって」 「……」 「いいんだよ。オレはてっちゃんに嫌われなかっただけでも、幸せ者だと思ってんだ。……ありがとう」  そう言って、優しく髪を撫でてくる。  悔しさのような、切なさのような、なんとも言い難い狂おしい感情がこみ上げた。  アオバに尽くしてやりたいと、無性に思った。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

483人が本棚に入れています
本棚に追加