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早朝、まだ暗い時間に家を出た。
アオバと肩を並べてマンションのエントランスをくぐったちょうどその時、歩道の方でチリンチリンと自転車のベルが鳴った。
音がした方に顔を向けると、そこにいたのはいつかのお巡りさんだった。
「どうも、お二人さん。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
二人揃ってお辞儀をすると、お巡りさんは自転車にまたがったまま、ニッコリと笑って片手を上げた。
「早いね。これから初詣?」
「いや、初日の出を見に」
「いいなあ。お巡りさんは今夜もしこしこ、パトロール中なんですけど」
お巡りさんは口を尖らせて、自転車のハンドルをポンポンと叩く。
「お、お疲れ様です」
と、俺は口ごもった。
例の一件のことを思い出すと、この人にはなんとなく頭が上がらない。
「二人とも、初詣に行ったら『今年は花月巡査長に恋人ができますように』って、神様にお願いしておいてよ」
「いや、なんでだよ」
アオバにツッこまれて、お巡りさんはまた笑った。
「ホラ、僕と田中とてっちゃんの三人でお願いしたら、お参り効果も三倍で、神様も早く願いを叶えてくれるかもしれないからさ」
「えー? なんスか、それ」
「それくらいいいだろ? おたくらは正月からいちゃいちゃして、幸せなんだからさあ」
ナチュラルに『てっちゃん』と呼ばれるわ、意味深な顔で「正月からいちゃいちゃ」などと言われるわで、俺は無言で頬を熱くしていた。
「……じゃ、神様にそうお願いしておきます」
そう言って、隣でアオバも気恥ずかしそうに咳払いする。
お巡りさんは「よろしく」と、いたずらっぽく笑って、再び自転車を漕ぎ出した。
そのごきげんな背中を見つめていたら、なんだか胸がポカポカした。
隣から「フフッ」と笑い声が漏れる。
アオバも嬉しそうに、小さくなっていく背中を見送っている。
それから二人顔を見合わせて、笑い合った。
俺達を暖かく見守ってくれるお巡りさんに、優しい春が来るといい。
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