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アオバを振り返ると、その向こう側に、仏間に続くふすまが見えた。
「じゃあ、アオバのじいちゃんに、お線香あげて挨拶してっていい?」
「うん、もちろんいいけど……律儀だねえ、てっちゃん」
「俺んとこの田舎じゃ、友達の家に行ったらまず仏壇にお線香あげるようにって教えられてんだ」
「へえ」
アオバは嬉しそうに微笑んで、俺の手を引いて仏間の明かりを点けた。
部屋の隅にぽつんと鎮座した仏壇の上には、またいくつもの写真が飾られていた。
古めかしい記念写真や、遺影。その中に一つ、車椅子に乗った老人の隣に、アオバが一緒に写っている写真がある。おそらく、これがアオバのじいちゃんなんだろう。
この写真の中のアオバも、高校生くらいの見た目だ。夏用の開襟シャツを着ていて、人懐っこい笑顔でピースサインをしている。
その横からアオバが手を伸ばし、ライターでろうそくに火を点けた。
線香を手に取り、火にかざす。まっすぐに立った線香から、スーッと白い糸がほどけるように、煙が天へと昇っていく。その様子を見守ってから、俺は仏壇に向かって手を合わせ、目を閉じた。
その時、俺のまぶたの裏には、高校生のアオバの姿が浮かんでいた。
アオバはポケットに手を突っ込んで、一人で九十九里の浜辺を歩いている。
どうしてなのか、想像の中のアオバは、いつもと違って憂い気な顔をしている。
物思いに沈んだ表情で、シャツの襟を海風にたなびかせ、誰もいない長い長い砂浜に、延々と足跡を残していく。
その光景は何故だか無性に、切なかった。
アオバを追いかけて、その背にすがりつきたくなるような――
パチッとまぶたを開け、傍らに目を向けた。
アオバは俺の顔を見て微笑むと、不思議そうに小首を傾げた。
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