第四話:傷だらけのライダー【side Aoba】

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 * * *  寝る前にゴミを捨てておこうと思って、外に出た。  オレの住んでいるマンションには備え付けの室内ゴミ置き場があって、24時間いつでもゴミを捨てられるようになっている。  朝の忙しい時間に慌てなくて済むので、便利なんだ。  ゴミ置き場がある部屋には、外から回って扉のカギを開けて入らなくちゃならない。  オレはゴミ袋を持ってエントランスの外に出た。  そしたらちょうど目の前の歩道を、自転車に乗ったお巡りさんが通り過ぎた。  キッとブレーキの音が鳴る。  お巡りさんは何メートルか先で自転車を止めて、振り返ってこっちを見た。  怪しいモンじゃないんですけど……と、冷や汗をかいた。  しかしじっと見つめてくるその顔に、なんとなく見覚えがあるような気がする。  首をひねっていたら 「あっ、バイクに頬ずりしてた不審者だ」  と言って、お巡りさんはオレを指差した。  ハッとなった。 「あっ、あの時の……?」  そういや、マンションの駐輪場で、お巡りさんに職務質問されたことがあった。  しかしあれは確か、まだ寒い冬の時期の出来事だったはずだ。  よく覚えてんな、この人。さすが地域を見守る正義漢なだけある。 「人違いです」 「いや、おたく黒いバイクの人でしょ?」 「しつこいな! 警察呼びますよ?!」  わざとらしくそう言ってやったら、お巡りさんはプッと吹き出した。  それから二人して、大笑いした。  オレはなんだか気分が浮かれていたから、そのままお巡りさんに話しかけた。 「お巡りさん、聞いてください」 「なによ」 「オレ、来月、好きな人と二人で旅行に行くことにしたんです」 「何ィ。破廉恥(はれんち)な」  お巡りさんはキッとオレを睨むようなフリをしてくる 「破廉恥じゃないスよ! っていうか、ホントは破廉恥なことしたいけど、絶対できないっていうか……」 「なんで? 女の子と二人きりで旅行でしょ? あとひと押しで恋人くらいの仲なんじゃないの?」  お巡りさんは怪訝そうに聞いてくる。  オレは遠い目で、都心の明るすぎる夜空に輝く金星を見上げた。 「フッ……報われない恋なんスよ」 「はあ」  キランと目尻に涙でも輝かせたいような気分だった。そんなオレを、お巡りさんは呆れ顔で見ていたけど。 「でも、いい思い出ができたら、それでいいかなって」 「ふうん」 「お巡りさんにも経験ないですか?」 「何? 報われない恋?」  また呆れたような反応が返ってくるんだろうなあと思った。なんか、真面目で硬そうな雰囲気の人だから。  だけど、お巡りさんからは意外な答えが返ってきた。 「まあ、昔ね」  オレは思わず食いついた。 「えっ、マジすか? 聞かせてよ」 「……うるせえ。内緒だ」  話の続きを聞いてみたかったけど、お巡りさんは自転車にまたがり直して、マンションの前から走り去った。  でも、ちょっと先の交差点の辺りでもう一度止まった。こっちを振り返って、「おーい」と手を振ってくる。 「健闘を祈るよー」  ぴっと敬礼して、またペダルを漕ぎ始めた。  もしかしたらあの人、結構いい人なのかもしれない。
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