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* * *
それから一週間、土曜日のてっちゃんとのツーリングを楽しみに、毎日を乗り切ったつもりだった。
しかし金曜日の夜に、事件は起こった。
仕事と接待で遅くなり、オレはギリギリセーフで終電に飛び乗った。
明日は朝から待ち合わせをしている。早く家に帰り、準備を整えて寝ないといけない。
前のめりになって歩道を歩いていたその時、人気の無くなった通りにけたたましいブレーキ音が鳴り響いた。
車道側を振り返る。
その瞬間、ガシャンと道路に何かが叩きつけられるような大きな音がした。
反射的に鞄を目の前に身構えた。オレの目の前の路上を、横倒しになったバイクがもの凄い勢いでスライディングしていく。
そしてその後を、ヘルメットを被った男がゴロゴロと回転しながら通り過ぎ、少し先でぐったりと動きを止めた。
――事故だ。
しかし見通しのいい、真夜中の交通量の少ない走りやすい道路だった。それなのに何故?
混乱する思考をふりきって、オレは縁石を飛び越えた。
すると、男はオレが駆け寄るよりも早く立ち上がり、よたよたとよろめきながら、倒れたバイクの元に走っていく。
「ちょっとちょっと!」
驚いて呼びかけたけど、オレの声はその男の耳には全然届いてないみたいだった。
男は倒れたバイクの前にしゃがみ込み、手をかけてぐっと引き起こそうとした。しかし、力を入れかけたその手を突然離してしまう。
ガシャンとバイクが音を立てるのと同時に、男は路上に転げ回った。
「痛ッてえええええ!」
「ちょっと何してんの!」
大声で呼びかけたら、男はオレの方を振り返って叫んだ。
「アンタ! 俺のバイク! なんとかしてくれ!」
確かに、このままだと通行する車両の妨げになってしまう。
辺りは暗く、人通りも車の通りも無かった。しかし道路のはるか向こうに、車のヘッドライトが見える。
オレは左右を確認してから、倒れたバイクの側に駆け寄った。
かかりっぱなしのバイクのエンジンを切る。ハンドルと荷台部分を持ち、ぐっと力を込めて引き起こした。
邪魔にならない路肩へバイクを移動すると、先程まで路上に転げ回っていた男がすぐに駆け寄ってきた。服がぼろぼろに裂けて、血が滲んでいる部分もある。
「ああっ、こんなに傷が! レバーも折れてるし……!」
男はバイクの前に崩れ落ちてパニックを起こしている。
自分よりもバイクの方の心配をしているなんて――バイクを大切にしている人間として、気持ちは解らなくもないけど、なんだか呆れて目眩がしてきた。
「ちょっとオジサン、怪我の方はどうなってんだよ?!」
「おっと、そうだった」
叱りつけたら、男は急に冷静になった。
そして腕を動かそうとしたのか、なにやらもぞもぞとしてから、呆然と言った。
「腕、全然動かない」
「……」
俺は救急車を呼んだ。
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