第五話:はじまりの旅【side Tetsu】

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 * * *  まずは東京都の東側を出発し、埼玉県の方面へ。連休ということもあり、道路は少々混んでいる。  俺はヘルメットに取り付けたインカムの調子をチェックした。 「アオバ、聞こえる?」 「うん、聞こえる聞こえる」 「すげえな、コレ。もっと早く導入しとけばよかったわ」  走りながらでも、気軽に話せる。並んでおしゃべりしながら散歩してる時みたいに。感動的だった。 「インカムにドライブレコーダーにライディングジャケットに……なんだかんだと旅の準備で、結構金使っちゃったよ」  アオバがいかにも「トホホ」って感じの声で嘆く。  確かにバイク用品って、何気に値段が財布に優しくないんだよな。  でもそこまで気合を入れるほど、アオバはこの旅を楽しみにしていてくれたんだ。俺も思い切り楽しまなくちゃ、バチが当たる。  都道を抜け、埼玉県内に入り、国道を延々と走り抜ける。 「高速道路と違って、景色に変化があるのがいいね」  とアオバは言った。  下道ツーリングの魅力はそこだろう。道は混むし、信号に何度も止められて疲労感は積もるけど、充実感がある。  たとえば華々しいビル街、寂れた国道沿いの建物、畑や田んぼ、遠くの山。流れていく景色の全てに歴史があって、人の営みがある。  俺もほんの一瞬だけ、その風景の一部になるんだなぁなんて思いながら、俺はバイクを走らせる。 「♪フンフンフーン フフフーン――」  ……さっきからアオバが、よくわからない鼻歌を歌っている。  聞いたことがあるような気もする。最近流行りのアーティストの歌だったような。名前は確か、ナントカカントカ――いや、完全にド忘れしてしまった。 「アオバ、もしかしてバイク乗ってる時はいつも歌ってんの?」 「ああ、ごめん。つい癖で!」 「いいよ、いつもどおりで。歌いたかったらどんどん歌って」  その後もアオバは会話が途切れると、時々鼻歌を歌った。そのレパートリーは滅茶苦茶で、気分が乗ると遠慮もなく大声で歌ったりもした。  アオバの歌声と共に、景色がどんどん流れていく。  バイクは孤独な乗り物だ。  そこが好きなんだ。  一人きりで風になっている間は、余計なことを考えない。わずらわしいことも忘れてしまう。  だけど、アオバと一緒に走るのは楽しい。  気を使わなくても、安心していられる。それにアオバが側ではしゃいでいるのが、逆に心地よかったりして。  不思議だな。  これが『相性』ってやつなのかな。
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