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言われた途端、思わず俺は固まってしまった。
そうだ。俺の故郷は長野県で、実家はここからそう遠くもない場所にある。アオバはきっと、気を利かせて言ってくれたんだろう。
「いや……別に、行かなくていいよ」
だけど俺は、その提案には少々気が進まなかった。口元に笑顔を作り、首を横に振る。
洞察力のあるアオバのことだから、きっと俺が家族と不仲だと思ったんだろう。「やっちまった」という感じの、気まずそうな顔をしていた。
「ごめん……オレ、余計なこと言ったかな」
「あ、いや、家族仲が険悪とか、そういうことじゃないよ? ただ俺、普段からあんまり頻繁に実家に帰らないからさ――」
手を顔の前でブンブン振って、慌ててフォローを入れる。
「まあ気にすんなよ。ここまで来るのに予定よりも時間かかっちゃったし、疲れただろ? 早く宿を目指そうよ」
アオバは俺の反応を気にしているようだったけど、それ以上、何かを聞いてくることは無かった。
俺はそそくさとバイクを発進させ、アオバがその後に続いた。
やがてビーナスラインと呼ばれる県道に入った。
周囲を豊かな自然に囲まれた観光道路で、ツーリングやドライブが目的でやってくる人もいるくらい、景色のいい道なんだ。
俺達は八ヶ岳を眺めながら、諏訪湖のほとりの温泉町を目指した。
「山きれーい!」
「風が気持ちいいなー!」
胸いっぱいに綺麗な空気を吸い込んで、俺とアオバは二人同時に大声を出した。
「俺さあ、長野が地元だけど、実はバイクで長野を走るのって初めてなんだ!」
「えっ、そうなの?」
俺は気分が良いついでに、アオバに打ち明けた。
アオバはそれを聞いて、やっぱり意外だったみたいだ。
「免許取ったのも、東京に来て何年か後のことだし」
「バイクで実家に帰ったりもしなかったの?」
「しないしない」
俺はちょっと笑ってから続けた。
「だって母ちゃんが心配するからさ。ほら、バイクって車に比べて、事故った時の死亡率が段違いじゃん」
「まあ、確かに」
「それに、昔々は不良の乗り物ってイメージあっただろ」
「うん……だけど、てっちゃんは不良じゃないし、無茶な走り方だってしないのに」
「そうは言っても、やっぱり心配するよ。母親はさ」
そうだ。母ちゃんは俺を愛してる。海よりも深く。本当は俺に、もっと実家に帰ってきて欲しがっている。
だけど俺はよく、「忙しいから帰れない」と嘘をつく。こうやって近くに来ても、ちょっと顔を見せに行こうともしない。
俺は親不孝者で、心苦しくて、地元の空気を吸う度に緊張してしまうんだ。
だけど今日はいつもと少し違う。
初めてバイクで走る道。
アオバが一緒にいて、風とバイクの鼓動が気持ちよくて――
「……でも、本当に気持ちいい。いい所だなー、俺の故郷は!」
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