第五話:はじまりの旅【side Tetsu】

5/9
前へ
/165ページ
次へ
 言われた途端、思わず俺は固まってしまった。  そうだ。俺の故郷は長野県で、実家はここからそう遠くもない場所にある。アオバはきっと、気を利かせて言ってくれたんだろう。 「いや……別に、行かなくていいよ」  だけど俺は、その提案には少々気が進まなかった。口元に笑顔を作り、首を横に振る。  洞察力のあるアオバのことだから、きっと俺が家族と不仲だと思ったんだろう。「やっちまった」という感じの、気まずそうな顔をしていた。 「ごめん……オレ、余計なこと言ったかな」 「あ、いや、家族仲が険悪とか、そういうことじゃないよ? ただ俺、普段からあんまり頻繁に実家に帰らないからさ――」  手を顔の前でブンブン振って、慌ててフォローを入れる。 「まあ気にすんなよ。ここまで来るのに予定よりも時間かかっちゃったし、疲れただろ? 早く宿を目指そうよ」  アオバは俺の反応を気にしているようだったけど、それ以上、何かを聞いてくることは無かった。  俺はそそくさとバイクを発進させ、アオバがその後に続いた。  やがてビーナスラインと呼ばれる県道に入った。  周囲を豊かな自然に囲まれた観光道路で、ツーリングやドライブが目的でやってくる人もいるくらい、景色のいい道なんだ。  俺達は八ヶ岳を眺めながら、諏訪湖のほとりの温泉町を目指した。 「山きれーい!」 「風が気持ちいいなー!」  胸いっぱいに綺麗な空気を吸い込んで、俺とアオバは二人同時に大声を出した。 「俺さあ、長野が地元だけど、実はバイクで長野を走るのって初めてなんだ!」 「えっ、そうなの?」  俺は気分が良いついでに、アオバに打ち明けた。  アオバはそれを聞いて、やっぱり意外だったみたいだ。 「免許取ったのも、東京に来て何年か後のことだし」 「バイクで実家に帰ったりもしなかったの?」 「しないしない」  俺はちょっと笑ってから続けた。 「だって母ちゃんが心配するからさ。ほら、バイクって車に比べて、事故った時の死亡率が段違いじゃん」 「まあ、確かに」 「それに、昔々は不良の乗り物ってイメージあっただろ」 「うん……だけど、てっちゃんは不良じゃないし、無茶な走り方だってしないのに」 「そうは言っても、やっぱり心配するよ。母親はさ」  そうだ。母ちゃんは俺を愛してる。海よりも深く。本当は俺に、もっと実家に帰ってきて欲しがっている。  だけど俺はよく、「忙しいから帰れない」と嘘をつく。こうやって近くに来ても、ちょっと顔を見せに行こうともしない。  俺は親不孝者で、心苦しくて、地元の空気を吸う度に緊張してしまうんだ。  だけど今日はいつもと少し違う。  初めてバイクで走る道。  アオバが一緒にいて、風とバイクの鼓動が気持ちよくて―― 「……でも、本当に気持ちいい。いい所だなー、俺の故郷は!」
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

483人が本棚に入れています
本棚に追加