第五話:はじまりの旅【side Tetsu】

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 * * *  諏訪湖周辺をぐるぐると走り回って、結局宿に着く頃には、チェックイン予定時間をギリギリ越えていた。  ウェアを脱いで、畳の上にぐったりと横たわる。バイクを降りたのに、まだエンジンの振動で体が揺れているような気がする。 「疲れたぁ」 「てっちゃん、温泉入ろうよ。汗かいたし」  俺は、がばっと起き上がった。 「そうだ、旅の醍醐味と言えば温泉だなっ」 「そうそう」  温かいお湯に浸かって、疲れた体をほぐす。長時間走った甲斐があったってもんよ。  汗で湿った上着を急々とハンガーにかけ、タオルと浴衣を持った。 「ん?」  ふとアオバの顔を見て、ちょっと違和感を感じた。 「アオバ、日焼けした?」 「え?」 「顔が赤い」  その顔はやけに赤く、火照っているようだった。頬とか耳とか、さっきまではそんなに赤くなかったはずだ。  アオバは頬をさすって、「そうかあ、日焼けかもなあ」なんてぼそぼそ呟きながら、俺と目を合わせようとしない。  ……変なやつ。首をひねった。  ともかく、俺達は連れ立って宿の大浴場に向かった。  脱衣所で服を脱いでいたら、視界の端で、アオバが俺の体をチラチラと見ているような気がした。  こいつはさっきから、なんなんだ?  服を全部脱いで、(かご)の中に収めてから隣に体を向けると、アオバはビクッと肩を震わせてから、気まずそうに頬を掻いた。  「てっちゃんって、前をタオルで隠さない人なんだねー……」  どうやら、俺が腰にタオルを巻かないことに驚いているみたいだった。 「隠すようなことか。やましいモンでもあるまいし」 「カッケー……さすが」 「やましいモンでもなけりゃ、粗末なモンでもないからな!」  腰に手を当てて、堂々と仁王立ちしてみせる。  アオバは笑っていたけど、その表情はだんだん険しくなっていった。そして俺の股間を、かなり深刻そうな顔でじっと見つめてくる。  まるで初めてナマコを見た原始人のような表情だった。  なんだ、その顔は。粗末なモンじゃないとは言ったけど、そんな深刻そうな顔するほど立派だろうか? 実はさっき、さりげなく見栄剥きしておいたのに。  一方のアオバは前にタオルを当てて、さらにその上から手でガッチリとホールドしている。俺が視線を下に向けた途端、 「先行ってていいよ。オレ、トイレ行ってから入るから」  と、急にそう告げて、アオバはそそくさと脱衣所内のトイレの方に行ってしまった。  もしや…………そんなに小さいのか。  アオバはジムにでも通っているのか、結構良い体をしていたけど、そこだけは鍛えてどうにかなるもんじゃないからなぁ。  自慢するようなことしてアオバに悪かったなと、俺は罪悪感を感じながら浴場の扉を開けた。  洗い場に腰かけて、シャワーでゆっくりと汗を流す。  頭を洗っていると、ようやくアオバがやってきて隣に座った。  妙にスッキリとした爽やかな表情で、どういうわけか、今度はタオルで隠してもいない。  コンプレックスでもあるのかと思ったけど、別に普通……むしろ立派なくらいだった。  ――というか問題はそこじゃない。 「おっ……お前、マジかよそれ」  俺は動揺して、後退りしたくなった。  思わずその股関に視線が釘付けになった。アオバの下の毛は、キッチリと短く刈られていて、形も整えてある。  俺はというと、雑草生やしっぱなしの藪状態だ。見比べて、口をあんぐりと開けた。  アオバはフフンと鼻を鳴らして、キラリと白い歯を見せる。 「今どき普通だよ。エチケットってやつよ」 「そ、そうなのか?」  いい男はそんなところにも気を使っているのか。タオルは巻かない主義だなんて、自慢している場合じゃない。  カルチャーショックだ。それはもう、大ショックだった――
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