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* * *
旅の一日目が終わろうとしている。
窓の外は満天の星空だった。
風呂も食事も済ませて、布団の上でごろごろしていると、急激に眠気に襲われた。
「ご飯美味しかったね」
「……うん」
「てっちゃん、眠そうだね」
「んー……眠い」
「疲れたもんね」
「うん、道も混んでたし……」
心地の良い疲労感にうっとりとしながらアオバを見る。
アオバは座卓に広げた地図を眺めていた。俺と目が合うと、地図をめくる手を止め、畳の上を這って俺の側にやってくる。
「まだ早いけど、もう寝ようか?」
「うん……」
アオバが俺の体の上に、ふわりと布団をかけてくれた。
暖かい。俺は目を閉じて、そのままうとうとと眠ってしまった。
そしてどれくらいの時間が経ったのか――
寝る時間が普段より早すぎたせいか、真夜中にふと目が覚めた。
薄く目を開けると、すぐ真上に人の目があった。
誰かが俺を見下ろしている。
そう理解した途端に、半分寝ぼけていた俺の意識は覚醒した。
「うわあっ!」
心臓が口から飛び出しそうになった。
思わず布団を跳ね上げて、横に半回転して身を起こした。
「あ……」
俺の顔を覗き込んでいたのは、アオバだった。
当たり前か。この状況でアオバじゃなかったら、お化けか不審者の仕業ってことになる。
アオバは強張ったような表情で、俺を見ている。
「なんだよ、もう! ずっと起きてたのかよ?!」
俺は驚きすぎて、アオバに向かって怒鳴ってしまった。
「いや、さっきトイレに起きてさ。そしたら……てっちゃんの寝相が悪かったから、布団をかけ直してたんだよ」
「……あ、悪い。俺そんなに寝相悪かった?」
「うん」
アオバは淡々と答えてから、ニコッと笑った。
「なんだ、そんなことか」と、俺は深い溜息をついた。そしたらようやく気分が落ち着いた。
ノロノロと再び布団に潜り込んで、手のひらで目元を擦った。
「あー驚いた。ちょっとしたホラーだったぜ。目ェ開けたら顔があるんだもん」
「ゴメンゴメン」
アオバも隣の布団に入り直して、苦笑いしている。
もう一度、ふうっと軽くため息をついた。
――俺を見下ろしてくる顔か。
俺のまぶたの裏に、ぼんやりと昔の出来事がフラッシュバックした。
些細な事だし、ここ最近はずっと、記憶の彼方に忘れ去っていたんだけれど。
「……なんだか母ちゃんのこと思い出したよ」
「え?」
目元を手で覆いながらぼそぼそと呟いた。
アオバが、少しこっちに身を乗り出すような気配がする。
「子供の頃、夜寝てるとさ、時々母ちゃんが俺の顔を覗き込みに来るんだよ」
「寝顔を見に?」
「うん。いつからそうやってたのか知らないけど。夜、母ちゃんの足音が聞こえて、夜ふかしを怒られると思って寝たフリしたら、ずっと枕元に気配がしてて。そんで薄目を開けたらさ――。そういうことが、何度も何度もあったんだ」
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