第五話:はじまりの旅【side Tetsu】

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 * * *  朝起きると、アオバは部屋にいなかった。  布団の上で身を起こして、ぼんやりとする。  額に指先を当てた。昨晩、何かが触れたあたりに。 「……」  ちょうど部屋の扉が開いて、アオバが顔を見せた。 「おはよう、てっちゃん」 「……早いね。どこ行ってたんだよ?」 「朝風呂」  昨晩、もしかすると額にキスをされたんじゃないかと、今になって思い始めていた。  気のせいかも知れないし、夢かもしれない。  アオバに聞いてみようかと思いつつ、どう聞いたらいいのかもわからない。  昨晩の失態について、もう一度謝りたいという気持ちもあった。  だけどアオバはいつも通りの態度で接してくるし、今更話を蒸し返すのも気が引ける。  それに昨晩のアオバは、いつもの悪ふざけで抱き着いてくる時と違って、とても優しく真剣な表情をしていた。  その慈愛に満ちた顔を思い出すと、俺は漠然と恐ろしくなっていた。  俺達の友情に、何か変化が起きてしまいそうな、そんな予感がして――  結局、俺はアオバに何も言えなかった。  お互いに昨晩の出来事には触れないまま、俺達は長野県を出発し、静岡県へ向かった。  モヤモヤしていた。  だけど、爽やかな朝日を浴びながら走っているうちに、少しずつ気分は晴れていった。  八ヶ岳を後にし、南アルプスを眺めながら進むと、やがて富士山が間近に見えた。  アオバがまた歌ってる。 「ずいぶん古めかしい歌だなあ、オイ」  思わず笑ってしまった。  それは少しだけ覚えのあるメロディだった。若者と、春の青い山々の情景を描いた歌詞。戦後の流行歌じゃないだろうか。老人ホームで歌われていそうな歌だ。  アオバはきっと、じいちゃんばあちゃんのことも大事にしてきたんだろうなあと、なんとなく思った。  アオバもちょっと笑いながら、軽快な『青い山脈』のメロディを口ずさみ続けていた。
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