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シュッと鋭い音を立てて、ふすまが開いた。
心臓が口から飛び出るかと思った。
オレはウェアに鼻先を押し付けたまま、視線を動かした。
「アオバ」
「……」
「何してる」
「……」
「どういうことだ」
てっちゃんは血の気の失せた顔で、淡々と言った。
てっちゃんはまだ湿った浴衣を羽織っていた。でもその向こうで、水音もまだ続いている。混乱した。
下半身にいった血液が、頭部に逆流してくるような感覚に襲われる。オレはウェアから勢いよく顔を上げて、てっちゃんにガンを飛ばした。
「……ノックぐらいしろよ」
そして逆ギレ。
「お前、どの口でそんなこと言ってんの?」
てっちゃんのこめかみに、ブワッと青筋が立つ。めちゃくちゃ怖い。
オレはたじろいで、途端に気弱な声を出した。
「シャワー浴びるんじゃなかったの?」
「浸かりたかったから、今バスタブにお湯張ってんだよ。替えのパンツ忘れたと思って、そっと戻ってきたら――」
そこまで言って、てっちゃんは目元を手で覆った。
ため息をつき、それでもどうにか冷静さを保とうとするような声色で続ける。
「とりあえず、それ仕舞って座れ」
オレは素早くバイクウェアをクローゼットに戻した。それから畳の上に正座して、てっちゃんを見上げる。
てっちゃんはまた鬼のような形相になり、オレを指差した。
「し・ま・え!」
ハッとなった。
オレはずり下がったままのボクサーブリーフを履き直して、はだけた浴衣の前を直した。
てっちゃんはまた深くため息をついて、オレから少し離れた場所にあぐらをかいた。
「で、何してんの?」
目の前がぐらぐらと揺れるのに耐えながら、オレは静かに答えた。
「……てっちゃんの服の匂いを嗅ぎながら、抜こうとしてました」
「なんで?」
「…………」
オレが言葉に詰まると、てっちゃんは何故かケラケラと笑いだした。
それは、動揺を隠すような笑い方だった。
「アホか」
「……」
「アオバって本当、なにするかわかんねえよな」
「……」
「それにしたってお前、そりゃないだろ。なんでそういうこと思いつくんだか」
てっちゃんは笑い続けている。
混乱した末に、いつものオレの悪ふざけが始まったと思い込んで、気持ちを落ち着けようとしているみたいだった。
頭のてっぺんから、すーっと冷たいものが降りてくるような気がした。
「……てっちゃん」
絞り出した声は掠れていた。
てっちゃんが、オレを見る。
「わかんないの?」
じっとオレを見つめてくる。口元に、笑みを残したまま。
そしてオレは――
「オレ、てっちゃんのことが好きなんだよ」
ついに、白状してしまった。
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