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数センチ先にあるてっちゃんの顔が、余計に混乱したように歪む。
てっちゃんは再び目元を手で覆って、弱々しく首を振った。
「んなコト言ったって……なんでなんだよ。友達じゃんか。男同士じゃんか。俺、想像も付かないよ。アオバに抱かれてる自分なんて」
「じゃあ……じゃあ、そこまでしなくてもいい」
目元を覆う手のひらが、上に少しずれる。
覗いた目が、「どういうことだ」とオレに訴える。
「嫌ならそこまでしないし、なんならてっちゃんは何もしなくていい。だから――」
「……」
「口でさせてくれ。てっちゃんのを」
てっちゃんはまたガックリと目元を手で覆って、
「マジでさあ……なんなんだよお前……」
と、ほとんど泣きそうな声で言った。
オレなりに精一杯譲歩してるというのに。しかし同時にオレはこの時、『これはいける』という確信を得ていた。
「わかった! じゃあ、手! 手で触るだけ!」
この通り! と、土下座するみたいにペコペコと頭を下げて、押しの一手で懇願する。
手の隙間から、またちらりと目が覗く。
疲れ果てた色をしていた。しかし混乱に満ちたその瞳は、『それ以上のことは怖いけど、手で許されるなら、まあ……』と、揺らぎ始めているように見えた。
オレは心の中で勝利宣言をした。
「……本当に、触るだけでいいんだな?」
てっちゃんは諦めたように、ぼそりと呟く。
「約束する」
そう言ってすぐに、オレは布団の上で、てっちゃんをぎゅっと抱きしめた。てっちゃんはぐったりとしていて、もう抵抗はしなかった。
首筋に顔を埋めて、てっちゃんの生身の芳香を感じた。ほのかに温泉の匂いがする。サラサラとした肌を鼻先でなぞると、それだけで息が上がりそうになる。
体を起こして、てっちゃんを見下ろす。
夢にまで見た、愛しい肉体。
眉間には深くシワが刻まれ、まぶたは固く閉ざされている。
その下の少しカサついた唇に、ゆっくりと自分の唇を近づけた。
唇が重なろうとする瞬間、てっちゃんのまつ毛が震え、そっとまぶたが開いた。
「なあアオバ……俺達、なんでこんなことになったんだっけ?」
そう言って、てっちゃんは微かに笑った。
潤んだ目は悲しみの色に染まっていた。てっちゃんから見たオレの目は、きっと今、欲望にまみれギラギラといやらしく輝いているんだろう。
そんな目でてっちゃんを見下ろして、てっちゃんの押しの弱さにつけこんで、これから酷いことをしようとしている。
途端に、後悔した。罪悪感で胸がいっぱいになった。
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