第七話:タンデムシート【side Tetsu】

5/13
前へ
/165ページ
次へ
 * * *  今日は俺達の旅の最終日だ。  早めにチェックアウトして、駐車場で黙々と出発の準備を整えた。  バイクのシートに荷物をくくりつけながら、アオバが話しかけてくる。 「今日はどうする? 帰りは海沿いをずっと走るだけだけど、どこか寄ろうか?」 「うん……」  やっぱり、少しぎこちない空気を感じる。  だけどアオバは一生懸命、普段通りに振る舞おうとしているみたいだ。俺もいつもみたいに話さないと。 「俺、熱海の街並みって好きなんだ。もう少しこの辺を、ゆっくり走りたいかな」 「うん」 「あとは……道が渋滞するかもしれないし、様子見て、余裕があったら三浦半島あたりを周るとか」 「いいね。じゃあ、そうしようか」  とりあえず熱海の街の中をぐるぐると走ってから、帰路につくことに決めた。  ルートの相談以外にろくに会話もないまま、俺が先導して、バイクを発進させた。  坂の多い街だなと思いながら、別れを惜しむように、気の向くままに道を進んだ。  青い空はスッキリと澄み渡っていて、昨晩の嵐は何だったのかというくらいだ。まだ少し濡れている土やアスファルトが、太陽に照らされて湿気を放っている。  エンジンの鼓動を感じて、爽やかな春の風を全身に浴びて、俺はバイクに「気分変えろよ」と励まされているような気分になった。  やっぱり、バイクはいい。俺にはもう、バイクしかないのかな――    ちょっぴりセンチになりながら、木漏れ日の落ちる坂を下り始めた。  その時、視界の先に何かの塊が現れた。  ハッとなり、目を細める。 「アオバ、止まれ!」  インカムで指示して、ブレーキを踏む。  昨晩の嵐の影響か、折れた大きな木の枝が道路を塞いでいた。幸い、人の手で対処できそうな大きさに見える。 「木の枝が落ちてる。どけるから、ちょっと待って」  俺はいつものようにギヤをニュートラルに入れ、エンジンを止めてサイドスタンドを立てた。  ――これがいけなかった。  後になって振り返ると、俺はこの時、やっぱりアオバのことが心に引っかかっていて、注意力を欠いていたんだ。  バイクを離れ、道を塞ぐ木の枝をどけようとした、その時だった。 「てっちゃん!」  慌てふためくようなアオバの叫び声に、振り返った。  視線の先で、俺のバイクの車体が傾き始める。 「あ……あ!」  やっちまった――俺は走り出した。  だけど、もう遅かった。  ガシャン! と大きな音を立てて、俺の目の前でバイクは道路に倒れ込んだ。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

483人が本棚に入れています
本棚に追加