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* * *
今日は俺達の旅の最終日だ。
早めにチェックアウトして、駐車場で黙々と出発の準備を整えた。
バイクのシートに荷物をくくりつけながら、アオバが話しかけてくる。
「今日はどうする? 帰りは海沿いをずっと走るだけだけど、どこか寄ろうか?」
「うん……」
やっぱり、少しぎこちない空気を感じる。
だけどアオバは一生懸命、普段通りに振る舞おうとしているみたいだ。俺もいつもみたいに話さないと。
「俺、熱海の街並みって好きなんだ。もう少しこの辺を、ゆっくり走りたいかな」
「うん」
「あとは……道が渋滞するかもしれないし、様子見て、余裕があったら三浦半島あたりを周るとか」
「いいね。じゃあ、そうしようか」
とりあえず熱海の街の中をぐるぐると走ってから、帰路につくことに決めた。
ルートの相談以外にろくに会話もないまま、俺が先導して、バイクを発進させた。
坂の多い街だなと思いながら、別れを惜しむように、気の向くままに道を進んだ。
青い空はスッキリと澄み渡っていて、昨晩の嵐は何だったのかというくらいだ。まだ少し濡れている土やアスファルトが、太陽に照らされて湿気を放っている。
エンジンの鼓動を感じて、爽やかな春の風を全身に浴びて、俺はバイクに「気分変えろよ」と励まされているような気分になった。
やっぱり、バイクはいい。俺にはもう、バイクしかないのかな――
ちょっぴりセンチになりながら、木漏れ日の落ちる坂を下り始めた。
その時、視界の先に何かの塊が現れた。
ハッとなり、目を細める。
「アオバ、止まれ!」
インカムで指示して、ブレーキを踏む。
昨晩の嵐の影響か、折れた大きな木の枝が道路を塞いでいた。幸い、人の手で対処できそうな大きさに見える。
「木の枝が落ちてる。どけるから、ちょっと待って」
俺はいつものようにギヤをニュートラルに入れ、エンジンを止めてサイドスタンドを立てた。
――これがいけなかった。
後になって振り返ると、俺はこの時、やっぱりアオバのことが心に引っかかっていて、注意力を欠いていたんだ。
バイクを離れ、道を塞ぐ木の枝をどけようとした、その時だった。
「てっちゃん!」
慌てふためくようなアオバの叫び声に、振り返った。
視線の先で、俺のバイクの車体が傾き始める。
「あ……あ!」
やっちまった――俺は走り出した。
だけど、もう遅かった。
ガシャン! と大きな音を立てて、俺の目の前でバイクは道路に倒れ込んだ。
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