第七話:タンデムシート【side Tetsu】

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 バイクを操縦している間は無心になれる。――いつもだったら、そうなんだ。  走りに集中するから、悩みなんてどこかにいってしまう。  考え事なんかしていたら事故ってしまうし、さっきみたいなミスの原因にもなるし。  だけど今日は、やっぱりどうしても駄目みたいだ。  こうやってタンデムシートに座っている間は、手持ち無沙汰で、余計に色々なことを考え込んでしまう。  アオバは独り言を呟くように、静かな声で歌っている。 「♪オレと君とは、卵の仲よ オレが白身で、キミを抱くキミを抱く――」  俺はその歌声に耳を傾けながら、海沿いの道から見える景色を、ぼんやりと眺めた。  アオバには友情を感じてる。  一緒にいると、楽しい。安心する。苦にならない。  俺はアオバの為に、できることは何でもしてやりたいと思う。  でも深く考えてみるとわからなくなる。  それは愛とはどう違うんだろう。  友情と愛情の境目は、一体どこにあるんだ。  アオバは、何度も何度も俺に「好きだ」と言った。俺のいったいどこを、そんなに好きなのかは分からないけど。  その『好き』は、愛しているという意味で告げられたものだった。  俺もアオバが好きだ。  その『好き』は、ずっと友情のつもりだった。今まで愛だと思ったことはなかった。  それなのに、俺はアオバと寝たんだ。 「俺なりのアオバへの友情だ」と思いながら触れ合って、全てが終わる頃にはぼんやりと「愛なんだ」と感じていた気がする。  アオバの腕に抱きしめられ、得体の知れない幸福感に包まれながら、その手で2回もイッてしまった。  俺は男と寝ることが出来る人間だったのか。  たいした嫌悪感もなく、そんなことをやってのけてしまった。俺にはそういう一面もあったということだ。  分かったことといえば、それだけだ。  それ以外は何も分からない。  好きって一体どういうことなのか、愛ってなんなのか。 「♪オレと君とは、時計の針よ いつか重なる時が来る、時が来る――」  アオバは歌い続けている。少し口ずさんでは、口笛でメロディの続きを奏でている。  アオバの背中に体を密着させて、温もりを感じながら、俺はあと何時間思い悩めばいいんだろう。 「♪諦めましたよ、どう諦めた 諦められぬと諦めた、諦めた――」  掠れたアオバの口笛と共に、水平線や、海の向こうに霞んでいる船や、木々や建物が目の前を流れ去っていく。  やがて辺りは夕焼けのオレンジ色に包まれ、東京にたどり着く頃には真っ暗になっていた。
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