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「えっ、彼氏もしかしてノンケ?」
「はあ」
「マジ? そんなことあり得る?」
「……っていうかお巡りさん、もしかして――」
「お仲間?」と、脱力しながら言いかけたら、花月さんはオレをじっと睨んで、
「こっちのことはいいんだよ! 余計な詮索をするな!」
と怒鳴った。
怒鳴ってから、急にコロッと表情を変えて、興味津々といった風なニヤついた顔で声を潜める。
「それで……ヤッたのか?」
「やった」
「いやん、えっち!」
「……」
花月さんはわざとらしく、両手で顔を覆って体をくねらせた。
最初は真面目で硬そうな印象だったけど、花月さんには意外と剽軽な一面もあるみたいだ。裏表というか、オンオフの差が激しい人なのかもしれない。
「でも、ごちゃごちゃ理屈こねて、強引に押し倒して、泣き落としたって感じです」
「マジかよ。悪ィ奴だな。逮捕するぞ?」
「悪い奴ですよねえ……」
オレは春の空にキラリと輝く金星を見上げた。
「てっちゃんってやっぱり、オレに同情してくれてるだけなのかなあ」
独り言みたいにぽつりと呟いたら、なんだか本気で悲しくなってきた。
花月さんはオレのしょげた態度を見て、「事情はよく知らないけど」という感じの、困惑した表情で頬を掻いた。
「いや、まあ……彼氏のホントの気持ちなんてわかんないけどさ。ノンケだったんでしょ? 同情だけで男と寝るなんて、普通、できないんじゃないの?」
「そうでしょうか……」
深く溜息をついたら、花月さんはちょっと優しい口調になって言った。
「ま、これからでしょ。頑張りなよ」
「はあ……」
「それとね、ああいう破廉恥な行為は部屋の中でやりなよ」
「すんません、てっちゃんが可愛くてつい……」
「そういうのいいから」
「じゃあ、またな」と笑って、花月さんは自転車を漕ぎ出した。
その背が消えるのを見送ってから、オレはマンションの屋内ごみ収集所に向かって歩き出した。
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