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* * *
部屋に戻ると、てっちゃんはハンドタオルを肩にかけて、ソファにもたれ掛かっていた。
「おかえり。どこ行ってたんだよ?」
「うん。ゴミ捨てと、あと……ちょっとね」
微笑むと、てっちゃんは湿った髪の毛を何度かかき上げてから、真剣な目をした。
「あのさ、アオバ」
「うん?」
「さっきのことで、話したい事があるんだけど」
「さっきのこと?」
「うん。その……誤解しないで欲しいんだ」
何を? と目くばせすると、てっちゃんは淡々とした調子で続けた。
「俺、本当に無理なんかしてないから」
ゆっくりとまばたきをして、てっちゃんを見つめる。濡れたその前髪の先から、小さな雫がぽつっと落ちるのが見えた。
「無理してるとかじゃなくて、ちゃんと俺なりに、アオバとの関係をどうしていけばいいんだろうって、一生懸命考えてるんだ」
「……」
「俺、正直言って、まだ頭ン中で色んな事混乱してると思う。でも一つハッキリしてるのは、俺はどんなことがあったって、アオバのことを嫌いになれないってことなんだ。こんなことで、お前との縁が切れるのは嫌なんだよ」
頭の中で何度も練習していたんだろうか。てっちゃんは澱みなく、スラスラと言葉を並べ続けた。
「だから俺、努力する。お前の気持ちに応えられるように。これからもアオバと、その……一緒に走っていたいから」
てっちゃんはそう言い切ってから、耳を真っ赤にして俯いた。
オレは呆然と立ち尽くしていた。時間差で、ドクンドクンと胸の鼓動が激しさを増してくる。
てっちゃんはあの夜、愛があるって言った。
やっぱりそれは嘘でも同情でもなく、本音だったのかもしれない。
だって今のはまぎれもなく、てっちゃんなりの愛の告白だった。
少なくとも、オレはそう受け取った。
「てっちゃん、ありがとう……嬉しいよ」
目が潤みそうになりながら、てっちゃんの側に膝をついて、その手を両手で握った。
「オレも努力する。この先もてっちゃんが、オレと一緒に走ると楽しいって思ってくれるように」
てっちゃんはきっと一日中――いや丸二日の間、一生懸命、今の言葉を考えていたんだ。
昨日のキスにも、そんな意味が込められていたんじゃないかと思う。
その不器用さが、心の底から愛おしく思えた。
手をギュッと握って微笑んだら、てっちゃんも安堵したように笑った。
――大切にしよう。
オレがてっちゃんを想うように、てっちゃんがオレを想ってくれるように、頑張るんだ。
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