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地下鉄の車両の扉が開く。
空調の効いた車内からホームに降り立った瞬間、蒸し暑く淀んだ空気が、むわっと肌にまとわりついた。
俺は紺色のポロシャツの襟元を掴み、ぱたぱたと扇いだ。
職場の印刷工場で、作業着として支給されているシャツだ。扇ぐ度にほんの少し、いつも工場内に漂っている独特の匂いの残り香がする。
改札を出て、まばらな人波の中、階段を昇っていく。
駅の外に出たところで、鞄からスマホを取り出した。
〈仕事終わった。今、駅〉
メッセージを打ち込み、送信する。
スマホをジーンズの尻ポケットに突っ込んで歩き出すと、すぐにポケットが震えた。
〈こっちも終わった。取引先からワイン貰ったから一緒に飲もう〉
煌々と光る画面に、返信が浮かんでいる。
送り主はもちろん、アオバだ。
俺は歩道の隅に寄って立ち止まり、再びスマホの画面を操作した。
〈晩飯は?〉
〈まだ。パスタでよければ作るけど〉
〈じゃそれで。一旦帰ってからそっち行く〉
〈待ってるよ〉
やりとりを終えて、ふうっと無意味に溜息をつく。
なんだか首筋のあたりが、やけに火照る。ニュースでは『今年は冷夏です』なんて言ってたけど、そんなの絶対にウソだ。
きっと今夜も暑い夜になる。
俺は再びスマホをポケットに仕舞った。
そして7月の生ぬるい夜風に吹かれながら、自宅までの道のりを前のめりで歩き出した。
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