*第九話:熱帯夜【side Tetsu】

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 地下鉄の車両の扉が開く。  空調の効いた車内からホームに降り立った瞬間、蒸し暑く淀んだ空気が、むわっと肌にまとわりついた。  俺は紺色のポロシャツの襟元を掴み、ぱたぱたと扇いだ。  職場の印刷工場で、作業着として支給されているシャツだ。扇ぐ度にほんの少し、いつも工場内に漂っている独特の匂いの残り香がする。  改札を出て、まばらな人波の中、階段を昇っていく。  駅の外に出たところで、鞄からスマホを取り出した。 〈仕事終わった。今、駅〉  メッセージを打ち込み、送信する。  スマホをジーンズの尻ポケットに突っ込んで歩き出すと、すぐにポケットが震えた。 〈こっちも終わった。取引先からワイン貰ったから一緒に飲もう〉  煌々(こうこう)と光る画面に、返信が浮かんでいる。  送り主はもちろん、アオバだ。  俺は歩道の隅に寄って立ち止まり、再びスマホの画面を操作した。 〈晩飯は?〉 〈まだ。パスタでよければ作るけど〉 〈じゃそれで。一旦帰ってからそっち行く〉 〈待ってるよ〉  やりとりを終えて、ふうっと無意味に溜息をつく。  なんだか首筋のあたりが、やけに火照(ほて)る。ニュースでは『今年は冷夏です』なんて言ってたけど、そんなの絶対にウソだ。  きっと今夜も暑い夜になる。  俺は再びスマホをポケットに仕舞った。  そして7月の生ぬるい夜風に吹かれながら、自宅までの道のりを前のめりで歩き出した。
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