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自宅マンションに到着し、玄関の扉を開けた。
日中の熱気がこもったままの部屋は、まるでサウナだ。外よりも暑い。
額に汗が滲んで、つーっと流れ落ちる。
玄関を上がってすぐ、洗面所に向かった。
気休めみたいなものだけど、冷たい水で顔を洗うと、少し汗が引いた。
タオルで濡れた顔や体の汗を拭きながら、ゴミ箱や冷蔵庫を開けて、生ゴミや日持ちのしない食べ物が残っていないかどうかだけチェックする。
余分な荷物を置き、ヘルメットを持って、タオルを洗濯かごに放り込む。
そしてまたすぐに外へ出て、玄関の鍵を閉めた。
駐輪場に鎮座しているバイクのカバーを外し、シートにまたがった。
エンジンをかける。ギヤをローに入れ、クラッチレバーをゆっくりと離しながら、アクセルを開ける。滑らかにバイクを発進させ、風を切った。
ぱたぱたとシャツの襟がなびく。湿気で肌はベタつくけれど、夜風を涼しく感じて気持ちがいい。
交差点を青信号で抜ける。
次の交差点も、その次も、そのさらに次も青だった。
ちょっと嬉しくなって、シールドの下で俺は微笑んだ。
やがて寂しい灰色の街の一角に、アオバの住むマンションが見えた。
駐輪場に入ると、アオバのバイクの隣に自分のバイクを止めて、ヘルメットを脱いだ。
「てっちゃん」
背後からの突然の声に、振り返る。
「――っていうんだって? 田中君から聞いたよ」
てっちゃん、なんて呼ばれたものだから、一瞬アオバかと思った。でもそこに立つシルエットは、思い浮かべていたものとは違った。
歩道の街灯の下でひらひらと手を振っている、青いシャツの男――お巡りさんだ。
「……あ、ハイ」
ずいぶんと間を空けてしまってから、返事をした。
田中――ということは、アオバの知り合いなのか。顔をまじまじと見てから、「ん?」と眉間にしわを寄せた。
その顔つきに、薄っすらと見覚えがあるような気がする。それにここ最近は、お巡りさんには良い思い出というものが全くない。
嫌な予感が湧き立つと同時に、お巡りさんはニヤッと笑った。
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