*第九話:熱帯夜【side Tetsu】

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 * * *  マンションのエントランスに入り、アオバの部屋番号を呼び出した。  多分、部屋のモニターで俺の顔を確認したんだろう。インターフォンに繋がることもなく、オートロックが解除されて、自動ドアが開いた。  エレベーターに乗り、アオバの部屋の前に立つ。  改めて玄関のチャイムを押すと、すぐに扉が開いて、アオバが俺を出迎えてくれた。 「どーぞ」  俺はその姿を上から下まで眺めた。アオバはスーツ姿で、まだネクタイも締めたままだった。 「あれ、今帰ったばっかり?」 「そだよ。……てっちゃん、作業着のまま帰ってきちゃったの?」  アオバも俺の服装を、上から下までしげしげと眺めてくる。 「着替えるの面倒くさくて」  袖に印刷された会社名を指でつまんで、俺は苦笑いした。  アオバに手首を掴まれ、体を玄関の中に引き寄せられた。そのままふわっと、暖かい胸に抱かれる。  背後で扉の閉まる音がするのと同時に、俺は目を閉じた。  まだ靴も脱いでいないのに、狭い玄関のど真ん中で、何度も何度も唇を(ついば)まれる。  大人しく、されるがままになっていると、胸や腹の奥がじわりと熱くなってくる。  ひとしきりキスを繰り返したあと、アオバは俺をぎゅっと強く抱きしめ、肩に顔を押し付けた。  そしてすうっと鼻を鳴らし 「インクの匂いがする」  と、ぽつりと言った。  アオバの職場も印刷会社なんだから、こんなインクの匂いなんか慣れっこじゃないかと思う。だけど黙って、したいようにさせておいた。  アオバはすんすんと何度も鼻を鳴らし、俺の服に染み付いた匂いを嗅いでいる。  その仕草はまるで人懐っこい犬みたいで、だんだん可愛く思えてきた。頭を撫でてやると、アオバは頬を擦り寄せて 「あー。てっちゃんとまた同じ会社で働きたいなあ」  と、ぼやいた。 「そしたら昼休みとか、隠れてこっそりちゅーできるのに」 「……俺はさせないよ、そんなこと」 「真面目だなあ、てっちゃんは。人生、もっと抜いていかないと疲れちゃうよ」  アオバはそう言って、また唇にちゅっと軽いキスを落とす。そして流れるように俺の耳元に唇を近づけた。 「……こっちもあとで抜いてあげる」  囁き、くすぐるように股間を揉んでくる。  いつもの悪ふざけが始まった。  だけどそれだけで、キスで高まった身体の熱が、下半身に向かいそうになる。俺は誤魔化すように笑って、アオバの尻を思い切り叩いた。
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