*第九話:熱帯夜【side Tetsu】

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 * * *  狭いキッチンに二人で肩を並べて、ぐらぐらと煮立つ鍋を見下ろした。鍋の中で、パスタがくるくると踊っている。  アオバはチラリと腕時計を見ると、箸でパスタを一本取って、前歯で噛んだ。  ガスを止め、シンクに置いたザルに向かって鍋を傾ける。お湯と共に、ざっとパスタが放り出される。もくもくと白い湯気が立ち、俺達の顔を包み込んだ。  俺はアオバにオリーブオイルの瓶を手渡した。  アオバはそれを受け取り、パスタにオイルをからめて手早くほぐし始める。  その様子を見つめながら、 「アオバって、お巡りさんと知り合いだったんだ?」  と聞いてみた。  アオバは手元に視線を落としたまま答える。 「お巡りさんって、花月(かづき)さんのことかな」 「いや、名前は知らないけど……駐輪場で会ったことあるだろ、春先に」  そう言うと、アオバはふっと苦笑いした。 「ああ、やっぱり。あの人ね、花月さんっていうんだよ。それで花月さんがどうかしたの?」 「うん……」  俺はお湯を入れて暖めておいたパスタ皿の水気を切り、キッチンペーパーで拭いて手渡した。アオバは「ありがと」と言って、それを受け取る。 「さっき、下で会ったんだよ」 「何か言ってた?」 「自信持って、アオバとうまくやれって」 「おせっかいだなあ……」  と言いつつも、アオバはちょっと嬉しそうな表情で、皿にパスタを盛り付けている。  どれくらい親しい知り合いなのかは分からないけど、お巡りさんは俺達の関係を理解した上で、応援してくれているような雰囲気だった。  きっと、いい人なんだろう。 「彼氏か」と聞かれて、咄嗟に「そうだ」と答えた。  俺達の関係にどういう名称がつくかなんて、本当のところ、今まであまり意識していなかった。  だけどアオバの想いに応えるということは、俺はアオバの恋人で、彼氏――ということになるんだろう。  彼氏。  彼氏。  彼氏。  その言葉が脳内を駆け巡り、ピンボールの玉みたいに跳ね回る。  俺は、アオバの彼氏なんだ。  そう自覚した途端に、妙に緊張してくる。俺の悪い癖が出てしまいそうだ。  俺、実際うまくやれているんだろうか?  男として、男の恋人を。  ちゃんとやれているんだろうか?  アオバの彼氏として――
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