闇恨日和《あんこんびより》

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 何度も僕を殴った手は,驚くほど小さく弱々しく見えた。僕の首を掴んで,床に投げつけた筋肉質な腕は今にも折れそうで細くなっていた。  苦しそうな荒い呼吸が胸を上下させ,ゼーゼーという呼吸音が僕を殴り続けて疲れたときの,記憶の中の呼吸音を思い出させた。  弱って動けなくなっている老人ですら,僕を恐怖で動けなくした。少しでも気を許せば,僕は再び恐怖に飲み込まれそうになった。  老人がなにかを呟いているが,僕の中のなにかが老人に近寄るな! と警告した。僕は混乱し,泣きそうになった。  そして老人が微かに目を開いたかと思った瞬間,真っ黒な血を大量に吐き出した。僕の目の前に真っ黒で嗅いだことのない異臭を発する血の池が広がった。  恐怖しかなかった。  僕に恐怖を与え続けてきた,この醜い老人の最後に立ち会えて嬉しいかと思っていたが目の前で横たわる姿からは相変わらず恐怖しか感じなかった。  僕は恐る恐る老人から離れると,力の入らない両腕で身体を引きずるようにして家の中を見て回った。  すぐに息が切れるが,見るものすべてが初めてのものばかりで興奮が抑えられなかった。老人のことなど,どうでもよくなっていた。  そして真っ暗な突き当りにある部屋まで辿り着くと,そこには,僕がいた箱と同じものがいくつも置かれていた。薄汚れた箱の小さな四角い窓は,縁が真っ黒く汚れ,毛や肉片がこびり付いていた。  そしてその周りには,大量の細い髪の毛と小さな骨が散乱していた。  僕の中のなにかが激しく揺れ動き,心を真っ黒に染めた。箱の中にいたときには感じたことのなかった怒りと恐怖,そして恨みのような得体の知れない感情が僕を支配した。  自分の目で見る空は,どこまでも広くて青い。真っ白な雲とは真逆に,僕の心は真っ暗な闇の中へゆっくりと沈んでいく。  怒りと恐怖,恨みが僕を満たしていく。  箱の外に出て自由を手に入れた,それと同時に僕を満たしていく真っ黒い感情,箱の中では想像もできなかった負の感情に僕は支配させていく。  僕の目の前に広がる青い空が真っ黒に染まっていく,今日はまさに闇恨日和だった。
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