闇恨日和《あんこんびより》

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 そしていま,僕は人生で最高の瞬間を味わっている。  目の前で横たわる醜い老人は,薄目を開けて僕を見ている。たまたま箱を開けて僕を引っ張り出した瞬間,老人は胸を押さえて倒れ込んだ。  僕はこの目をいつも四角い小さな窓から見ていた。見ていたというより,この目に覗かれていた。  この醜い老人は僕をずっと小さな箱に入れていた。そして僕を殴り,蹴り,煙草の火を押し付けた。僕が泣き叫ぶと嬉しそうに殴り続け,僕が意識を失うと満足そうにして,僕を箱の中に放り込んで鍵を掛けた。  その目を僕は忘れない。  目の前で横たわるこの老人を,僕は下からしか見たことがなかった。それがいま僕は上から見ている。  いよいよこの時がきた。空はどこまでも広くて青い。初めて空をみたときは驚いたし,怖かった。いつも見ている小さな四角い窓は,いつも黒い透明な板が付けられていた。  僕は,下から微かに見える真っ黒な小さな四角い空しか知らなかった。  いよいよだ。  目の前の老人は苦しそうに胸を上下にしながら,薄目で僕を見ている。口から泡を吹いているこの老人の息が止まったら,僕は自由になれるはずだ。  産まれてからずっと,僕は小さな箱の中にいた。箱の外がどうなっているのかなんて,考えたこともなかった。  目の前で弱っている老人は,かつては真っ黒な髪の毛をベッタリと撫でつけ,筋肉で硬くなった腕を自慢気に僕の前に出すと,力いっぱい僕を殴った。何度も何度も僕を殴った。  僕は自由になれる。この老人が息をしなくなる瞬間を,僕は楽しみに待ってる。目の前で苦しそうにすればするほど僕のなかのなにかが狂喜し,もっと苦しめと少しでも長く,意識を保ったまま苦しみながら生きて欲しいと願った。
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