闇恨日和《あんこんびより》

1/3
41人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

闇恨日和《あんこんびより》

 自分の目で見る空は,どこまでも広くて青い。子供の頃から見ていた空は,四角くて小さくて,そして黒かった。外の世界には風が吹いていることも,空に雲があることも,そして匂いがあることすら知らなかった。  曖昧な記憶しかないのだが,一番最初の記憶だと僕は裸で小さな箱に入れられ,その箱は外から鍵が掛けられていた。箱の中には猫用のトイレがあるだけで,あとはなにもなかった。  僕はずっとずっと,ずっとその箱の中で生きてきた。それが僕の世界だった。  ご飯は,箱の中から見える四角い小さな窓から,カチカチになったカビだらけのパンやドロドロに溶けて黒くなった野菜が放り込まれるのを黙って待っていた。  いつの間にか歯は全部抜けてなくなってしまったが,おかげで歯が痛くて眠れなくなることはなくなった。  カチカチのパンはしゃぶっていると軟らかくなった。腐って溶けた野菜は箱の底で崩れ,それを直接舐めた。名前は知らないが,時々ものすごく甘い野菜があって,その野菜の日は嬉しかった。  たまに入れられる小さな生肉は,小さな骨ばかりで臭くて嫌いだった。  病気になっても,ただ動かず自分で治すしかなかった。お腹が痛くてトイレを汚しても臭いがキツくても,たまにしかトイレの砂を交換してもらえなかった。それでも交換してもらえるのが嬉しかった。それも僕が生きてきて,嬉しいと感じる数少ないことの1つだった。  たまに箱の外に出されると,顔を踏みつけられ,全身を棒で殴られ,ホースで水を掛けられるだけだった。だから鍵を開けられる瞬間はいつも,トイレの交換なのか僕を殴るために開けるのかわからず緊張した。  僕はそうやって育った。おかげで脚の関節が固まってしまい,自分の力では立てなくなり,ちょっと歩くと脚が痛みだした。産まれてから一度も走ったことはなかった。  それでも僕は生きている。なぜ僕は生きているのか,僕はなんために存在しているのか,そんなことすら考えなくなった。  この小さな箱の中で,ただ生きている。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!