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怪物は、鼻をヒクヒクと動かすと、やがてこちらに顔を向けた。見られている。その歪んで赤く光る目は、確実に狙いを僕に定めていた。
しかし、不思議な感覚にとらわれていた。恐怖を感じないのだ。それどころか、この怪物がまるで、以前からよく知っている人物にさえ思えた。
『院長、一体貴方は…何をしているんですか?』
自分の言葉に自分自身が驚いてしまった。僕の足は他人の物のように動き、体もごく自然にドアを開けて怪物の正面に歩み出ていた。
怪物は口から飛び出た無数の牙を不格好に動かしながら音を発した。
「のぼ…のぼ…のぼぶ…」
『下らない。貴方には失望しました』
何を言っているのだろう。僕は…。そう思ったが、僕の目と口は自然に表情と言葉を作り出した。
『僕は今まで…様々な嫌を感じてきましたが、貴方は残念ながら、嫌う価値すらないようだ』
なぜだろう。そう言うと、院長と呼ばれた魔物は怯え切った目で僕を眺めた。
「がーふご…がーふごすんごふ!」
『消えろ』
そう宣言すると、僕の全身が痺れるように痛んだ。まるで体中を針で刺され、頭の皮を裏返しに割かれるような感覚だった。
怪物はといえば、雄たけびを響かせながら体を蒸発させていく。
しばらくすると辺り一帯は静けさを取り戻し、僕の目の前には、燃えかすのようになった1体の土人形が転がっていた。
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