31人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの。実は私も昨日飛ばしてしまったんですけど……」
「……ええと……これ、ですよね」
差し出された小さな紙袋に、気が遠くなりそうになる。
「す、すすすす、すみません、お見苦しいものを――」
「い、いえいえ、おあいこですし! 気にしないで下さい、僕も気にしないんで!」
彼は恥ずかしそうに拾得物を背に回し、それでは失礼しました、と家の中に入っていく。
昨日から張りつめていた心がどんどん溶けていくのがわかった。不安、羞恥の代わりに安堵が広がっていく。
ああ、これでまた何事もなく日々を過ごしていくことが出来る。もちろん引っ越す必要もなさそうで。
そう思って星空を見上げた私は、風で吹き上がった髪が彼の部屋の方に流れていくのを見て、ハッとした。
「あ、れ?」
今日の風は東から吹いている。そして彼の部屋は風下の西。
その事実に気がついて、私は胸の中に温かな感情が広がっていくのを感じた。
明日の朝。もし会えたらちゃんと目を見てお礼を言おう。拾得物を届けてくれたこと。そして気遣いにも。
風が柔らかく髪をなでていく。
「ほんと……なんてもの、飛ばしてくれるわけ」
風が飛ばしたものはひどかった。けれど、素敵なものを一緒に運んできてくれたのかもしれない。
そんな気がしてしかたがなかった。
最初のコメントを投稿しよう!