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だけど、夕方になると物干し竿からはすべてのものが取り込まれる。
夜のベランダはいつも整然としている。なのに季節ごとに寄せ植えが置いてあって、殺風景ではない。
見ていると、実家を思い出してほっとした。母の手で、丁寧に手入れされた家や庭を。
言い訳するみたいだけれど、決して覗いているわけではない。仕切りに隙間があるから洗濯物を干したり取り入れたりするときに見えるだけで、断じて。
ベランダの観察だけで、人柄が想像できて余計に気になっていた――そんな折だった。爆弾のように投げ込まれた刺激物に僕はいろんなものをやられてしまった。
そのせいで今朝はまともに対応ができず、つい、営業用の挨拶をしてしまった。何がいい天気だ。今日は曇りだろうが、とあの後頭をかきむしった。
彼女は紛失物の在処に気づいている。でないとあんな風に僕を見たりしないだろう。
拾ったと気づかれているのならば、このままスルーできそうにない。
というより、スルーするのはもったいのではないだろうか。
「ここは返すべきだよ、な?」
だが、どうしても出来そうになくて頭を抱える。
だってどうやって?
大体、返されても見知らぬ男が触ったものなど、気持ち悪くて使えないだろうと思う。だからといって買って返すのも筋が違って、別の意味で気持ち悪い。
どうすればいいのか途方に暮れたまま帰宅した僕は、ひとまず洗濯物を取り込もうとベランダへ向かう。
そして、風に揺れる影を見てふと思いついた。
「毒をもって毒を制す、か」
気まずさもろもろを消し、この件を上手く解決する方法を。
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