31人が本棚に入れています
本棚に追加
**
家に帰ると洗濯物を取り込むためにベランダへ出る。ハンガーごと室内に入れ、クローゼットにきれいに並べる。ピンチハンガーはとりあえず引っ掛けておいて、じょうろに水を汲んだ。
動揺して花に水をやっていなかったことを思い出したのだ。
少ししなびていたけれど、枯れてはいない。
オレンジ色のスミレはホームセンターで一目惚れして買ってきた。寒さが和らいだからか、次々に花を咲かせて心を慰めてくれている。
スミレが終わったら何を植えようかな。
そんなことを考えていたとき、視界に見慣れない物が移り、私は目を眇めた。
「…………?」
近づいて拾う。開いてみるとクマ柄の四角い布。なんだかぱりっと糊がきいてるし、真新しい。これってなんだっけ? 首を真横に傾け――
「へっ? ――ええ!?」
思わず声が出たときだった。
「すみません」
隣のベランダから声が上がり、私はぎょっとして手に持っていた物を手落とした。
「洗濯物が飛んでいってしまったみたいで。拾わせてもらっていいですか?」
「えっ、え――あああああの」
何と返していいかわからない。だってそれは昨日の私のセリフであって。
まごまごしていると、隣との仕切り板の向こう側から、ひょいと顔が飛び出した。
「あ、それですそれ」
握りっぱなしの布を指差されて、私はぎゃっと声を上げる。やばい、パンツ握りしめてた! っていうか、この顔でクマ柄!? ありえん!
「ご迷惑おかけしました。風、ほんと強くて困っちゃいますね」
手を差し出され、恐る恐る近づく。手に持った布を差し出すと、彼は「ありがとうございます」と笑う。
その気安さに私は、すべてが許された、そんな気になる。心が緩み、ずっと引っかかっていた言葉が喉からこぼれ出た。
最初のコメントを投稿しよう!