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彼はそう言うと、私の手をとって洗面所へと走る。そして、蛇口を捻り、私の手を冷水に当てる。私は彼の為すがまま、黙って従った。
しばらく経った後で、彼がもう一度、
「大丈夫か?」
と尋ねる。私は黙って頷いた。そんな私に彼が言う。
「なあ、前々から少し気になってたんだけど……」
「何?」
「俺、もしかして避けられてる?」
彼の言葉に、私は焦って、
「そんなことないよ」
と首を横に振る。
「そっか。それならいいんだ。なんか、話しかけようとしても、いつも避けられてるような感じがしてたから。でも、単に俺の話しかけるタイミングが悪かっただけなんだな。良かったよ」
そう言うと彼は笑った。何か言葉を返さなければと思うけれど、言葉が出てこない。結局、しばらく腕を冷やして、大事ないことを確認してから、私たちはもとの作業に戻った。
だけど、三年間で彼に触れることができたのはその一回だけだったし、少しでも二人きりの時間を過ごせたのもそのときだけだった。もっと上手くやれば良かったと後悔は残るけれど、一番記憶に残る最高の思い出であることに違いない。
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