特別な日

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もうダメなのかもしれない。 最早子どもを望んでいない孝之とどうしても子どもが欲しい自分。いっその事別れた方が良いのかもしれない。そんな思いが去来する中、買った物をザッザッとマイバッグに詰める。 孝之と別れ、別の男性との生活を考えるべきか。 逸る気持ちに急かされる様に足早にショッピングモールを出ようとして、ふと思い出しUターンする。ケーキ売り場のショーケースを覗き込む。 「苺のホールケーキをください」 帰宅し、しばらくボーッと座り込んだ後、朝子は料理を開始した。 「そうだ、ワインも開けよう」 収納棚を開ける。 その途端、ドサドサと荷物がなだれ込んできた。朝子は整理整頓が苦手な自分を呪いながら、手に降ってきた物を一つ一つ確かめた。 1つは、新婚旅行の時のアルバム。 そしてもう1つは紺色をした花柄の枕だった。 その時、フワッと甘いやさしい香りがした。 ラベンダーだ。 ラベンダーの入った枕を、新婚旅行で行った北海道の体験教室で孝之と作ったのだった。 「ラベンダーは安眠効果があるんだって」 「この枕を使えば良く眠れるね」 孝之と笑いながら枕を作っていた時、朝子は幸せだった。 次々と記憶が蘇る。 大学の校舎で出会った春。 ぎこちなく硬い表情で交際を申し込まれた日。 映画を見てラーメン屋巡りをしていたお決まりのデートコース。 冬の日、雪が降っていても手を繋げば暖かかったこと。 帰りの電車の時間が迫っていても離れがたくて人目も気にせず駅のホームで抱き合っていたこと。 海に沈む夕日を見ながら「結婚してください」とプロボーズしてくれた日のこと……。 孝之と一緒にいれば話が弾み、どこに行っても何をしても楽しかった。 ずっとずっと一緒にいたいと、確かに願ったのだ。 どうして忘れていたのだろう。 「……泣いてるのか?」 「!」 気がついたらスーツ姿の孝之が帰宅していた。 「孝之……帰ってたの」 「今朝はごめん。ケーキを買って来たよ」 「ケーキ……」 朝子が買って来たケーキは孝之が好きな苺のホールケーキ。 孝之が買って来たのは朝子が好きなショコラのホールケーキだった。 ショコラケーキには『結婚10周年 ありがとう』とホワイトチョコレートのプレートが乗っていた。
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