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「思い出したか」
そうだ。俺は両親を殺した。
愛情という鎖で魂を縛られたまま惨めに生き長らえたくないと思った。鎖を断ち切りたかった。
俺は悪魔をまっすぐに見上げて言った。「早く、俺の魂を奪ってくれ」
「……承知した。約定に従い、貴様の魂をもらい受けよう」
悪魔は両手の黒いかぎ爪を、俺の額に強く押し当てて歌を唄った。
朦朧とする意識の中で、俺は自分の口から白い煙のようなものが立ち昇るのを見た。
「……死なないが?」
「魂を抜いただけだからな」
「魂を抜いたら、普通死ぬんじゃないのか?」
悪魔は赤黒い手を鼻の前でぱたぱたと振った。
「それは迷信だ」
「じゃあ、俺はどうなる?」
顎から首にかけて生えた剛毛を撫でながら、悪魔は言った。「お前は魂を失った――つまり、もう人ではない、獣だ」
「獣……」
「そうだ。人の良心はもうない」
良心がない。本当だろうか。自分ではよく分からない。
「妹のことを思い出してみろ」
妹……。
「半年前に嫁に行った、妹だよ」と、悪魔が言った。
妹は両親に可愛がられていた。その期待の全てに完璧に応えていた。
「美人だ」と、悪魔が言った。
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