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「お客様、大丈夫ですか!?」スタッフさんの声がする。
「まだだぁあぁ!待ってくれ、あと少しなんだよ。もう一度、もう一度だけぇぇ。」しゃがれながらも、腹から出た僕の声に驚き、後ずさりするスタッフさん。正直なところ、これには他でもない僕が一番驚いている。
気を取り直して、もう一度だ。立ち上がるまでに左足を納得させて、右足を踏み出してみせる。
忘れてはいけない。初めてもえちゃんを見た時のトキメキと高まりを。
――そして、僕は立ち上がった。
既に左足は僕に従っていた。なぜなら立ち上がるまでのこの間、もえちゃんを初めて見た時から今日までの思い出を血液の様に体中を巡らせたのだから。
「いける!」
遂に右足を踏み出した。その時の一歩を例えるなら、オセロ終盤で相手の色に埋め尽くされた盤面に、自分の負けを確定させるために打ち込む一手に近いだろう。
それ程に、今の僕にとっては、左足を踏み出さなかったことは重い決断だった。
やっと辿り着いたシャングリラ。そこに居たのは写真や映像を通していない加工前のもえちゃんの姿、声、台詞。
それらの現実を突きつけられた僕は言葉を失い、 後ろから聞こえるりんちゃんの決め台詞が僕にとどめを刺した。
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