プロローグ

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ぼやけた頭で電車に乗っていると、じわじわ悲しみが湧き上がってきた。 私今日、誕生日だったのにな。 そもそも心中では納得していないのに、両親に泣きつかれて始めてしまった婚活。母の涙はずるい。 重い腰をあげて初めてみたもののそうそういい人もおらず、周りが手を打った普通の男達の価値を思い知ることとなっている。 なんなら自分の市場価値も思い知った。噂には聞いていたが、確かに三十路を過ぎると地力が問われる。取り立てて美人でも収入が良いわけでもない私の価値など高いはずもなく、どうせ独り身のままなら知らない方が幸せだった気さえしていた。 「鴇の宮、鴇の宮ー」 駅員の声ではっと我に帰って電車を飛び降りた。改札を抜けると、ほどよく草臥れた風景が目を撫でる。地味で変化のないこの風景が心地よく、お帰り、と言ってくれているようだ。緊張が解けたのか、軽くなった足取りで帰路につく。 今の住まいであるアパートは、学生時代から引き続いて借りているものだ。大家さんが気のいいおじいさんで、上京したての頃からとても良くしてもらっている。 閑静な住宅街の中にあって治安もいいし、駅からも八分とほど近い。何よりこの時期は帰り道、そこかしこで金木犀の良い香りがするのが、とても気に入っていた。     
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