指でたどる

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 ゆるりと左腕があがる。左手の中指がそっと付箋に触れる。まるで、壊れやすい何かを撫でるように、指が付箋の表面をなぞっていく。  端までなぞりおえると、近藤の口元がほころんだ。うれしくてたまらない、そんな笑みを浮かべて、近藤はもう一度、付箋を、そこに書かれた文字をなぞった。  俺の見ている前で、俺には気付かずに。 「……ッ」  ぞくりとした。まるで、自分のからだをやわらかな指で辿られたように、微かな痺れが背筋を駆け上がる。恥ずかしさにくちびるが歪む。それをてのひらで覆い隠して、俺は何事も無かったかのように近藤の向かいにある自席へと大股で歩み寄る。  ことりと、缶コーヒーをデスクに置いた音で、近藤はびくりと肩を揺らし、我に返ったようだった。探るようにこちらを見て、ちょっとホッとした表情になる。 「んもぅ、先輩ったら、お礼は口で言ってくださいよねっ!」 「メモへの礼はメモで返せば、じゅうぶんだろ?」  そっけなく言うと、いつもの甘ったれたお子ちゃまみたいな顔をして、近藤はくちびるをとがらせる。そうしながらも、さりげない仕草で付箋を自分の手帳に挟み込んだ。おい、おまえは仕事のメモをどこへ持っていくつもりだ。  指摘しようか、するまいか。悩んだ一瞬で、近藤は手帳をデスクの抽斗にしまいこむ。  ──そんなに大事にするほど、いつもの俺は、近藤に礼を言い忘れているんだろうか。  椅子に腰を下ろし、少し考えて、デスクに置いた缶コーヒーを手に取る。 「近藤」 「ふぁい?」  相変わらずの腑抜けた返事を寄越した後輩に笑みを漏らして、俺は自分のために買ってきた缶コーヒーをさしだした。きょとんとした顔で両手を出す近藤の目を見つめて、改めて礼を述べる。 「さっきは助かった。いつも、ありがとうな」 「ふはぁあっ? あ、あ、熱ッ」  予想外に缶が熱かったらしい。受け取りかねて、フロア中に響くような音を立ててデスクに缶を落っことした。それがよほど恥ずかしかったか、近藤は真っ赤になった。耳や首まで赤くして、こぶしを振り上げる。 「ふ、不意打ち反対ですッ!」  周囲の同僚が、近藤の仕草にどっと沸く。笑い声に囲まれて、ちょっぴり照れたようすの近藤に、持ってるなあと思いながら、俺は打ち合わせの報告書を書くため、もう一度深く椅子に座りなおした。
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