指でたどる

1/3
前へ
/3ページ
次へ

指でたどる

 クライアントとの打ち合わせを終えて、俺がデスクに戻ると、付箋が一枚、PCのキーボードに貼り付けられていた。  資料を脇に置いて、付箋を剥がす。シャープペンシルで書かれた丸っこい文字を見た途端に、だれが書いたメモかわかった。俺が教育係をしているうちの課の新人、近藤マキだ。 『志賀先輩 5月20日15時13分、ヤマダ商事の仙崎様が来社、会議室2にて課長が対応中です』  だれかにメモを残すときは、宛先と5W1H、報告者名を必ず書けと教えたはずだが、よほど急いで書いたのだろう。後半は殴り書きで、記名は忘れられている。  だが、これだけ情報が揃っていればじゅうぶんだ。ありがたい。  ヤマダ商事との約束は、三時半だったはずだ。まだ十分近くある。俺は用意してあった資料に持ち替え、打ち合わせの席で飲み切れなかったコーヒーをあおる。  冷えたコーヒーの苦味と酸味が喉を刺激する。ひといきつくと、気持ちがパキッと切り替わった。  そのまま、会議室2に赴こうとして、ふと思い立って、ペンをとる。さきほどの付箋の余白に、さらさらとコメントを書き足す。近藤の席のキーボードに付箋を貼り付けると、俺は今度こそ、ヤマダ商事との打ち合わせに向かった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加