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 氷室は半端に口をつぐむ。  水を打ったような静寂の中に、かすかな音が響く。  カーテンの引かれた窓の隙間風と、ストーブのやかんが立てる小気味よい音だ。  無言の空白が何か氷室の心にのしかかり、自分でも説明の付かない寂寥が、じわじわと氷室の心を侵食してくる。    いたたまれなくなって、氷室は畳から身を起こした。  ジャンパーのポケットから取り出したスマホには、やはりというべきか、圏外の表示が光る。  氷室は、見えない影に追い立てられるように、押し入れを開いた。  その中には、清潔な蒲団と老主人の言ったとおり、古いラジオがしまい込まれている。  このご時世、こんな旧式のラジオは、防災用品でもお目には掛かれないだろう。  氷室は黒いトランジスターラジオを取り出して、スイッチを入れた。  途端に、スピーカーからは大勢の笑う声と、落語らしい滑稽な話がノイズ交じりに溢れだす。  笑いを呼ぶ空虚な話など、今の氷室にはただただ煩わしい。    だがそれでも、冷たい静寂よりは、まだずっとマシだ。  座卓に点けっぱなしのラジオを置き、氷室は再び畳に横になる。  投げ出されたままの荷物に、ためらいがちにちらちらと視線を送りながらも、氷室は思考を閉じた。
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