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 何を見ているのか、どこかを眺める老主人の視線は、限りなく遠い。  しかし主人の目の淵はすぐに浅くなり、いつもの調子に戻った。 「気分の悪い時ゃあ、すぐに寝るだよ。あんた、相当疲れとるようだしのう」  食べ残しのお膳をそそくさと廊下に置いて、老人が押し入れから蒲団を出した。 「何かあったら、呼びなされ。すぐに飛んで来るでのう。だがはあ、そう言っとっても」  床を敷きながら、老人に特有のかすれた笑いを洩らす。 「わしゃあ、見た通りのじじぃだで、ちょっとばかし時間が掛かるかも知らんだが」 「本当に、すみません……」  心の底から出た氷室の言葉を聞いて、主人は何故か寂しそうな笑みを見せた。 「いいんじゃて。はあ、気にしなさんな。それより、旅の垢を落とすんは明日の朝にして、今日はもう寝なされや」  胸一杯に痞える申し訳のなさにうなだれつつも、氷室はわずかにうなずく。 「そうさせて頂きます」 「それじゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでおくれ」  そう言い残し、主人は客間を立ち去った。  かすかな老人の足音もすぐに聞こえなくなり、ラジオも消された今、客間は再び静寂に包まれている。  氷室は灯りもストーブも消し、蒲団の上に転がった。     
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