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人のよさそうな顔をほころばせた老人。
どこか嬉しそうな、それでいて何か寂しげな陰をしわの間に刻みつつ、ふっと白い息を吐く。
「この真冬にここへ人が来るっちゅうのは、珍しいこった」
「じゃあ部屋は空いてるんですね?」
青年が聞くと、老人は大きくうなずいた。
「おお、いくらでも。うちはひなびた民宿だでのう。人は来らんちゅうのに、部屋は沢山あるだよ。まあここでは寒かろ。中に入りなされや」
シヤベルを置き去りにして、老人は向きを変えた。
青年も粉砂糖のような雪を被る石畳をこつこつと踏み、古風な民宿に向かって歩き出した。
藍染めの暖簾を手でよけて、老主人が民宿の引き戸をがらがらと開けた。
「ほれ、どうぞ遠慮なく」
広い三和土の土間に立つ老主人が、彼を差し招く。
青年が民宿の玄関に踏み入るのと同時に、長靴を脱いだ主人が板張りの床に上がった。
そのまま黄ばんだ畳を踏んで、主人が細長い平机の向こう側に座った。
主人の背後では、円いストーブが炭火色に燃えている。
「それじゃ、名前を書いておくれ。はあ、これも決まりだでのう」
言いながら、主人が平机に古びたノートを広げた。
傍らに置かれたボールペンも、かなり古めかしい。
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