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透明なプラスチックの軸には、どこかの店の名前が書いてある。
青年も、畳の上にがり込んだ。
平机の前に正座して、冷え切った手にボールペンを取る。
宿帳らしいノートには、日付があるばかりで、人の名前は一つもない。
彼は真っ白なペ-ジの一番上に、自分の名前を記した。
「『氷室冬馬(ひむろとうま)』か。モダーンな名前じゃねえ。うん、洒落とる」
老人が宿帳とペンを下げながら、しみじみとつぶやく。
「学生さんかの?」
「まあ、そういうことにしておいて下さい」
問われた氷室は、曖昧に笑った。
はっきりしない氷室の答えを聞き、主人が目を見開く。
「ほおん。妙な言い方をするの」
眉根を上げ、額の皺を深く寄せた主人が、氷室をちらちらと見る。
「それはいいと、何でこんな山奥に来なさったね? 真冬に、こんなひなびた民宿にのう。念の為に言うておけば、温泉も出らんでな。だから誰も来らん」
氷室は薄くかぶりを振りながら、苦笑にも似た息を洩らした。
レンズ越しの視界の端に主人の顔を映しつつ、彼は無感情に吐露する。
「ああ、別に温泉目当てに来た訳じゃありませんよ。ちょっとやりたい事があるんです」
答えた氷室のまぶたが、意図せずして重くなる。
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