33人が本棚に入れています
本棚に追加
「冬は陽の落ちるちゅうのが、本当に早いだて」
何気なく呟いた老人は、廊下の一番奥まった所にある襖を開けた。
「ほい、ここだて」
「あ、はい。ありがとうございます」
敷居を跨いだ主人に続き、氷室も客室の畳を踏んだ。
そこは八畳の和室。丸い座卓と座布団、それにやかんの載った石油ストーブが置いてある。
灯りは味気なくさめざめとした蛍光灯だが、それ以外の電化製品は使っていないらしい。
「すまんのう」
老人は平机の上にあったポットと急須で茶を入れながら、ジャンパーを脱ぐ氷室に言う。
「何しろ山奥のこって、テレビちゅうもんも置いとらんだよ。まあここにあんた、ええ、氷室さんだったの。あんたみたいな若いもんが来なさるちゅうことも、滅多にありゃあせんで。ただラヂオはあるでな。押し入れに入っとるだよ」
だが氷室は、眼鏡の奥でかすかに笑った。
「お構いなく。僕は気にしませんよ」
主人が湯気の立つ湯呑を座卓に置き、石油ストーブに火を点けにかかる。
「まずはお茶でも飲んだらええ。ストーブが温まるまで、ちょっと我慢しておくれ」
「ありがとうございます」
素直にうなずき、氷室は座卓の前に座った。
熱い湯呑をすする彼をよそに、主人がストーブの前にしゃがみ込んでいる。
最初のコメントを投稿しよう!