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 その主人の目が、ふと畳に投げ出された氷室の荷物に留まった。  たった一つの彼の荷物は、古びた小ぶりな革のトランクだ。  しかしその外側には、何かバンドで留めてある。  それを見るなり、主人が意外そうな声を上げた。 「おっ、こりゃあ“ヰーゼル”じゃなあ。それにカンバスかや」  老人が、ほうと息をつく氷室に目を向けてきた。 「絵を描きなさるか」  湯飲みを傾ける氷室の手が、ふと止まる。  胸の痞えを覚えた氷室は、主人を見ないまま、曖昧に答える。 「ええ、まあ……」  わざと茫洋とした笑みで答えた氷室だが、ふと気が付いた。  氷室は、マッチを擦る老人に率直な疑問を投げかける。 「でも、よくご存知ですね。“イーゼル”なんて、普通の人からは出てきませんよ」 「そうかいの?」  とぼけた顔で、即座にそう返す主人。  何食わない顔でストーブを点し、指先のマッチを吹き消した。 「わしも生まれていい加減長いでの、まあ色々と見た事があるでな」 そこで主人が話題を切り換えた。 「夕飯は六時でいいかや?」  どこかわざとらしい主人の態度。  イーゼルに触れたくないのかも知れないが、氷室に深く追求する気力もなければ、関心もない。  そのまま流れに任せ、氷室もうなずく。 「ええ、そうして下さい」      
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