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「ディネ、あなたは? あなたは行かないんですか」
ディネは腕を組み、瞼を少し下げた。
「やめておくか。向こうは居心地がよさそうだ。昔の知り合いも多くいる。行ったら、帰って来たくなくなるかもしれん。だがここは、……俺の最後の友達が、最後まで暮らした街だ」
「ディネ……」
「そんな顔をするんじゃあない。お前たちだって、故郷ってものに、待ってる人間の一人くらいいた方が気分がいいだろう」
ディネがにやりと笑った。
二人の子供も、笑顔を作った。
■
バスの窓から顔を突き出すと、本当なら鳥しか味わえない高度の夜風が、クリストフの銀髪と、アールストンの黒い髪を撫でて行く。
眼下の海は、黒々とした穏やかな波に、ちぎれてはまたつながる月を映していた。
二人の視界には、十数分前に、人里の明かりを灯す島が見えていた。
まるで海に浮かぶ、星の群れだった。
それが今では、手が届きそうなほどに近づいている。
まだ夜は浅い。あの島の人々は一日の終わりを、ゆったりと過ごしているのだろう。
その温かみと穏やかさが、町明かりから伝わってくるようだった。
満月が煌々と光っていた。
それを受けて、月海月の瓶も夜空に青白く輝いている。
――こんなに月がきれいな夜は、海月日和だ。お祖父さん、僕たち、空を飛んでいるよ。
錆びだらけのバスは、静かに島の町へ降りて行った。
終
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