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少年は夏の夜明けに海を見ていた。
名前をクリストフ・レインという。今年で十三歳になる。銀髪に白い肌が、あまり海には似合わない。
夏の間は、夜空に星屑をまとわせたような体色をしているヨゾラクラゲを捕り、瓶詰にして売って、クリストフは生計を立てている。
そんな少年が海岸線を目でたどると、向こうの波打ち際に豆粒ほどの大きさで、一人の老人が見えた。彼はクリストフと、顔見知りではある。
海には他に人気はない。食べられる魚が捕れる海ではないため、漁もない。
今日売り歩く分の、ざっと三十瓶ほどを台車に載せると、クリストフは歩き出した。
大陸の東の端であるこの海岸からは、三十分ほど内陸へ向かって歩くと、大陸最大級の蚤の市がある。
市へ向かう前に、クリストフは自分の家へ寄った。
彼のねぐらは、十年以上も前に車輪を四つとも失った、スクラップ寸前のバスだった。そこに一人で住んでいる。両親は早くに亡くなり、それ以来クリストフは祖父との二人暮らしだった。しかし――
「ただいま、お祖父さん。でも、すぐに市へ出るけれど」
鈍いオレンジ色に錆びだらけのバスの中へ、入口のカーテンをくぐって入り、そう声をかけても、もう答える者はいない。昨年の夏、祖父は肺病で他界していた。
クリストフはバスの一番奥にある、祖父の机の引き出しを開けた。中には日記帳が一冊入っている。
記述のある、最後のページを開けた。日付は、祖父が亡くなった日から五年ほど前だ。そこから先は白紙になっている。最近は全く書いていなかったということだ。
すっかり黄ばんだそこには、短い文が書かれていた。
<海月日和だ。俺たちは空を飛べる>
よほど大量にくらげが捕れた日だったのだろうか。
クリストフは、汚れた海からのヨゾラクラゲの取り方と瓶への詰め方を、小さい頃に祖父から教わった。
その時、祖父から聞いたことがある。
「クリストフ、空を飛ぶくらげがいるのだぞ」
「嘘でしょう、そんなの」
「本当だ。空中を泳ぎ、風に漂う」
「くらげの体は水分でしょう? 海から出たら干からびちゃうじゃないか」
「そうだな。だから、あまり飛ぼうとしない」……
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