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おとぎ話のようなものだと、クリストフは解釈していた。
それが日記にまで書いているようでは、祖父は、孫が思っているよりも幾分空想家だったのかもしれない。
身支度をして、バスを出た。
車輪をなくしてただの箱となり、このまま朽ちるのを待つだけとなった車体に暮らすことが、この頃はクリストフには辛かった。
とうに住み慣れたはずの我が家が、まるで、今とこれからの自分を表しているような気になってくる。
ふと見ると、正面の砂浜から、さっきの老人がクリストフのバスを眺めていた。
老人は偏屈で知られている男で、親類縁者や友人の類もいない、独り者のはずだ。
クリストフも、挨拶くらいはかわすが、それ以上の付き合いはない。なかった、はずだった。それがこのところ、よく行き会うようになった気がする。
といって、こちらからの用などない。
クリストフは、荷台を引いて歩きだした。
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ずっと昔から、海は汚れ続けていた。
魚が捕れなくなり、町は貧しくなって、人々の心が荒み、暴力が増えた。
強い者が、よく、弱い者を叩いた。時に弱い者が叩き返すと、更に強く叩き返された。
クリストフもよく両親から叩かれた。庇ってくれたのは、いつも祖父だった。
信じ難いことに、祖父もまたクリストフの両親から叩かれた。けれど、祖父は一度もやり返さなかった。
クリストフは、両親よりも祖父に似ようと誓った。
祖父は、町の人々から「変わっている」と言われた。
それくらい、町では誰もが誰かを傷つけて生きていた。
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