月海月日和(つきくらげびより)

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「やあ、クリストフ。今日もくらげかい?」  市に着くなりそう声をかけてきたのは、幼馴染でひとつ年下のアールストンだった。黒髪に黒目で、濃い緑色のチュニックを翻して歩いている。  小さい頃は、二人は街の中で隣に住んでいた。祖父の提案であのバスへクリストフが移り住んでからも、親交は続いている。 「他に捕れるものなんて、夏はないさ」  アールストンは、両親から渡されたらしい大量の蜜りんごをかごに盛り、市場の台に乗せた。これが彼の売り物だ。 「クリストフ、また街に住んだらいいじゃないか。僕は、君に傍にいて欲しい」 「お前の両親はそう思ってないだろう。僕は、お前が父親に殴られていたのを何度も止めては怒鳴られたじゃないか」 「そんなことをしてくれたのは、クリストフだけだ。この街の子供は、皆やっつけられてばかりいる」 「だって、大人は子供になら絶対に勝てるものな」 「子供は大人に、やり返さないしね」  ちらほらと通りかかる客が、蜜りんごを買っていく。ヨゾラクラゲは、その半分くらいは売れている。 「クリストフ、あんな海の水でも生きていけるなんて、ヨゾラクラゲは凄いな」 「でも、あんな海の水だから買いたくないって人も多い。ためしにきれいな水に変えてみたら、こいつらすぐに死んでしまった。あと、餌をやり過ぎても死ぬ。贅沢だよな」  アールストンはけたけたと笑った。クリストフは嬉しくなる。 「ところで、アールストン。今はもう父親からは殴られてないよな? 僕が引っ越す少し前に、僕はお前の父親と約束したんだ。今も父親は、約束を守っているだろう?」 「当たり前だよ、クリストフ。僕の父さんは、そりゃ昔は街の皆と同じに暴力を振るっていたけど、僕には二度と手を出さないよ。子供との約束を破るような奴はクズだって、自分で言っているもの。それに僕は、僕のために殴られるクリストフを、もう見たくない」  クリストフの背筋に、冷たいものが走った。  アールストンの頭や腕を激しく叩く父親の前に、何度か割って入ったことがある。最初の頃は大きい声で怒られただけだった。しかしある時期からは、クリストフもアールストンの父親に殴られるようになった。  その時の痛みを思い出したのだ。  骨格も重さも圧倒的に勝る相手が、反撃される恐れがないと確信して安心して振るう暴威は、痛みそのものを遥かに上回る恐怖を与えてきた。
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