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バスの中、祖父の使っていた簡易ベッドにアールストンを寝かせると、クリストフは井戸で真水を汲むために外へ出た。
どうしてこんなことになってしまうんだろう。潮風はぬるく、クリストフの濡れた目元を少しだけ冷やした。
市場に置いてきてしまった荷物をどうしようか、と考えながら海沿いの街道を歩いていると、正面から例の老人が歩いてきた。
クリストフの前で、老人は立ち止まり、口を開いた。
「なぜこの街にはあんな連中しか暮らしていないんだ、と思うか?」
唐突だったが、全く知らない仲ではないので、クリストフは答えた。
「思う」
「お前はもう、一人で生きていける年齢になったな」
「一応は、そう思う」
「友達には水をやって寝かせておけ。夜になったら、俺の家に来な。市場にお前が置いてきた荷物を返してやる」
「今返してください」
「だめだ。夜になったら来るんだ。いいな」
夜になってもアールストンは、安心したように寝こけていた。それを起こす気もなく、クリストフは身支度をして出かけた。
満月が、大きく明るく、空に光っている。
老人の家は、クリストフのバスから歩いて十分ほどのところにあるあばら家だった。
出迎えてくれた家主に連れられて中に入ると、居間の家具はどれも古く、電灯一つない。窓から月明りだけが差し込んでいる。
「暗いですね」
「クリストフ、お前の荷車はこの家の裏へ置いてある」
「なぜあなたがそんなことを?」
「お前のことを見ていたんだ。ずっとな。今日の市場にもついて行った」
クリストフは身じろぎして、この家から出ようかと思った。
「エリッセルタルフと俺は、親友だった。幼馴染でな」
老人の口から出たのは、祖父の名前だ。クリストフは動きを止めた。
「不思議に思っていただろう。お前とエリッセルタルフ以外の全ての人間が、平気で人を傷つける。どうして世の中にはこんな連中しかいないのかと悩んでいたはずだ。教えてやろう。それはな」
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