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クリストフは目を見開き、絶句していた。
そうだ。ヨゾラクラゲを瓶に詰めることを教えてくれたのは、祖父だった。
日記の最後のページにあった、海月日和という言葉。
あれは、ヨゾラクラゲが大量に捕れたのではない。今夜のように、月海月が飛べる夜のことを言っていたのだ。
「あの、おじいさん」
「ディネだ」
「ディネ。このくらげがいれば、海を渡って、別のどこかへ……行けるんですか」
「この辺りは夜になると、陸から海へ風が吹く。それに乗って行けば、昔この街に暮らしていた、まともな奴らの住んでいる島に着く。夜明け前の風が逆向きになる時間になると、気まぐれに向こうから帰って来る奴も時折いたよ」
「何で誰も、そんなことを教えてくれないんですか」
「俺が黙っていたのは、お前が一人でも旅をして、向こうで生活ができる年齢になるのを待ったからだ。街の大人連中が知らんぷりしてるのは、……お前のような奴がここを出て行けば、それは、自分たちがまともではないと見捨てられるのと同じだからだ」
足を震わせるクリストフに、ディネが椅子をすすめた。椅子をすすめられたのは、祖父以外では初めてだった。
「クリストフ、お前がそう望むなら、今夜にでも旅立てる」
「でも、これっぽっちのくらげで身一つで空を飛んで、大丈夫でしょうか」
「身一つでは危険だ。お前の家ごと行くんだな。到着まではざっと一二時間というところだ」
「あのバスが、これだけのくらげで飛ぶものでしょうか」
ディネが含み笑いを漏らす。
「いいや、到底無理だな。あれを向こうまで飛ばすとなると、瓶が五十個は必要だ。俺の家にある分では到底足りない。せいぜい、バスをちょっとばかり浮かせるくらいだろう」
「そんな。もう、今の海には月海月はいないんでしょう?」
「そうだ。だからエリッセルタルフは、お前に充分な月海月を遺した。ひっそりと、日にも月にも当たらないように隠してな」
そう言われて、クリストフは考え込む。しかしどこにも、そんなものを見た覚えはなかった。
ディネが、十五個の瓶をロープで結わえると、それを持ってクリストフを外へ促した。十五の瓶は月明かりを受けて、ふわふわと浮く。
「実は加減が難しいんだぞ、下手すると俺ごと空を飛んでしまうからな。さあ、裏の荷車も持って、お前の家へ行こう」
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