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森の中から子供たちの声がした。どうやら木に登って歌っているらしい。
佑未子が声の方を見ると堀内夫婦が森に向かうところだった。
堀内雄三と貴子の夫婦は、5年前、堀内の定年退職を機に越してきた。定年退職とはいっても、勤めていたのは小さな食品工場で社会保険さえ加入していなかった。退職金も無ければ、厚生年金もない。子供たちと同居する予定もなく、賃貸住宅に住んでいた堀内夫婦は、国民年金の対価をゼロ番街で現物支給されるしかなかった。それは堀内が最も嫌う生き方でもあった。
「そんなに高いところに登ったら危ないぞ」
堀内は木の上のジェニーと子供たちを見上げた。
「堀内さん、こんにちは」
ジェニーが木の上で挨拶をすると、子供たちも歌うのを止め、「こんにちは」と続いた。そしてすぐに歌い始めた。
「こんにちは」
堀内の隣で貴子が言ったが、木の上で歌う子供たちに、その声は届かない。
「若いですね」
貴子はジェニーの引き締まった身体を見ていた。
「俺たちにもそう言う時代があった」
堀内は、妻が見ているものを追った。
「歳は取りたくないものね」
「そうか?」
「そうですよ」
「貴子は若かったときに、木登りはしなかっただろう?」
「それはそうだけど……」
「木登りができなくとも立派な人間はいる。歳を取ったら、取ったなりの良さがあるものだ。若くてもダメなやつもいる」
堀内はゆっくりと歩み始めた。
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